世界中の食材が集まるというワールドキッチン。レストラングルメもここから仕入れしていて、業者任せはしたくないのでボクはよく足を運ぶ。
新鮮な食材はそれだけ味にも反映するのでボクはなるべく仕入れの現場を訪れるようにしていた。
案内はいつものごとくヨハネス開発部長だ。ボク以上に新しい食材に詳しいのはその仕事柄か。
「小松シェフ、この後、食事でもどうですか?」
一通り仕入れも済み、早朝からの仕事も終わりだ。今日はレストランにも夕方から入るつもりなので時間はたっぷりとある。
「はい、喜んで」
ボクは興味津々とばかりに二つ返事をしていた。
なにしろここはワールドキッチンだ。
市場の中に、市場関係者のための食堂などがある。早朝から働く人のためのものだが、何しろ味が良い。
仕入れ立ての新鮮さがウリで有名な店も多数軒並みを連ねる。
奥に行けば高級店すらあってさすが世界の台所と呼ばれるだけはあった。
「おや、あれは美食屋四天王のトリコでは……?」
ヨハネス部長の視線の先を見れば確かに見慣れた姿があった。頭一つ以上大きなトリコさんはよく目立つ。そしその横に歩いてる人にも自然と目がいった。
背も高くて等身のバランスが良い。頭が小さくて大きい胸が歩くたびにぽゆんと揺れていそうだ。ウエストは細いしお尻は丸くきゅっと上がっている。栗色の長い髪。肉感的な長い足。
どこかのモデルのような女性がトリコさんに腕を絡ませて歩いている。
(あぁ。彼女にあのエプロンを送りたかったんだな)
だってボクよりも断然に似合いそうだ。それに比べてボクは?
背も低いし髪も短い。頭だって大きいし中の下な容姿。第一にこの間まで男だったのだ。もしかしたら男に戻るかもしれないのにトリコさんを想うのはある意味冒険だ。
なまじっか女の子になってしまったのがツライ。もしかして……と、思ってしまうのだから……。
「行きましょう部長。邪魔しちゃ悪いですよ」
ボクは振り切るようにトリコさん達に背を向けたのだった。
小松の匂いがした。間違いない。このオレが好きなヤツの匂いを間違えるはずがない。
きょろきょろと見渡せば少し遠くに小松の姿を見つけた。
しかしその隣にぴったりと寄り添う男もいてオレは眉間に皺を寄せた。
……ヨハネスだ。あのショタコンやろーめ。何かと理由をつけて小松と一緒にいるのだあのグラサンやろーは。
そっちには卸売業者の店がある方向じゃないだろ。小松をどこへ連れていく気だ。まさか小松の筆をおろすとかいうんじゃないだろうな?
小松もそんなヤツにほいほいついていくなバカ。
「ねー、トリコってばどこ見てるし? ねぇうちの変装も見てほしーし」
小松のことに意識を奪われてリンのことが疎かになっていたことを反省する。
「……リン。今頃ハゲ困ってんじゃねぇか?」
「だって休み欲しいって言ってるのにあのハゲ、うちを働かせすぎだし」
変装と言ってもウイッグを被っただけだ。
視線をリンから小松に戻そうとしたが一足早く小松は消えていて…。
「あっ、小松っ」
ほんの少しリンと話していたその隙に小松の姿を見失ったオレは大きく肩を落とした。
匂いを辿ろうにもリンのフレグランスで嗅覚が鈍くなっている。
こうなったら一軒一軒調べて歩くかと考えて思いとどまる。
今はリンがいて、小松を血眼になって探す姿は流石に異様だろうと諦めたのだ。
血の涙とはこんな時に流すものかもしれないとオレは空を見上げたのだった。
次がラスト!!!
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