トップシークレット9





 トリコさんがキレイな女の人とデートしていた事なんて大した事じゃない。そう自分に言い聞かせないと涙が出てきそうだった。
 強がりだとわかっているのに言葉は止まらない。
「男前ってホント良いですよね〜。あんな可愛いらしい人を連れて」
 トリコさんのデートしている現場を見てしまって、ボクは逃げ出すように早足で歩いている。
 ヨハネス部長は何も言わずに横を歩いてくれていた。
 申し訳なくって、ボクはほんの少し歩調を緩める。
 一緒にいた女性は本当に可愛い人でトリコさんにお似合いだった。肉感的な美女はボクとは正反対のタイプだ。
 羨望がにじみ出るボクの言葉にヨハネス部長が咳払いした。
「小松シェフ、あなたも充分かわいい部類ですよ」
「あはは背が小さいですからね」
 可愛いとよく言われるが、大抵はコンパクトで可愛いという意味でボクが望む可愛さではない。
「……まぁ良いでしょう。商品開発部長の私の目を侮らないでもらいたいですな」
 ヨハネス部長の言葉はよく解らなかったが、これ以上、トリコさんの話題は辛かったので目の前の店へと話題を変えた。
 最近オープンしたばかりの店には行列が出来ていたが、ボク達はさらに奥まった老舗の料理旅館へと足を向けた。ここの会席料理は絶品で、食べている間だけはトリコさんを忘れる事が出来たのだった。


 一人家に帰って再びエプロンを身につけてみる。フリルの愛らしいエプロンはやっぱりボクには似合わない。トリコさんと一緒にいたあの人なら似合うに違いない。
 ボクは結局普通のいつものエプロンにして料理を始める。
 何百冊と読む料理本で美味しそうなのは試したい方だ。気になっていたレシピで料理を作るのは結構楽しい。それに、自分で食べるのも好きだ。
 部長に連れていってもらった会席料理の煮物の味が斬新で、自分の舌を頼りに再現してみようと思い立ったのだ。
 だがそこへドアのノブを潰してまでも入ってきた男がいた。
 青い髪と大きな体躯が特徴的で名を言わずとも誰か解るだろう。
 そして髪を逆立てんばかりの怒りを身に纏っていてボクは思わず身体を強張らせていた。
「小松!!ヨハネスのやろーとどこへ行ってたんだ!!!」
 小松の顔を見るなり思わず叫んでしまっていた。それもこれもあのショタコンヤローのせいだ。二人で市場の奥の高級料亭で二時間『ご休憩』してたのを知っている。
 リンを撒いてから、二人の動向が気になって探し回ったのは秘密だ。
 まさかこんな店には入っていないだろうと踏んでいた店から小松とショタコンヤローが出てきたのだ。桁外れの食事代金で有名だし、旅館風の落ち着いた雰囲気は気軽な食事とは言い難い。
 二時間あまり。本当に食事だけだったのか? ヨハネスに抱かれたのか?
 聞きたくても情けない事に言葉は出てこない。
「トリコ、さん?」
 小首を傾げる姿は小動物のようで、大きな目がこぼれそうだ。見慣れれば潰れた鼻も愛嬌たっぷりなのに……、とこか色っぽくなった小松が目の前にいる。
 線が細くなったか? 少し痩せたように見えるのに、柔らかそうな身体。オレの言葉に震えている指先。そして普通のエプロン。
 オレのは身につけたくないのか?
 オレはいらないって事か?
「それ、脱げよ」
 予想以上に低い声が出ていた。
「えぇぇぇっっ」
 Tシャツを握りしめた小松に思わずこちらも赤面する。
「違っ、エプロン、エプロン外せっ」
 是非ともTシャツも脱いでもらいたいところだが、そこまでは落ちぶれちゃいねぇぞ。
「オレがやったの、あるだろ」
 慌ててのフォローは無事小松に通じちゃいなかった。
「あぁお返ししたら良いんですね。まだ使っていないのでキレイですよ」
 いそいそと箱から出してくる小松にオレは叫びだしていた。
「うがーーー、アレを身につけろってんの!!!オレの前ではあれでいろ。他の男と一緒に出かけるんじゃねぇ」
 一気に言葉にして、オレはとんでもない事まで叫んでいたことに気付く。
 鈍感な小松が気付かなければ良いという願いはあっさりと無惨に砕け散る。
「それって……まるで」
 真っ赤な顔になった小松に、オレの気持ちを悟られたと解る。最悪な告白だ。
「そうだよっ、小松の事好きでたまんねぇ」
 今まで悩んでいたの嘘のように言葉が出た。
 そして一瞬の間を置いて小松が恐る恐ると口を開く。
「ボクを……ですか?」
「あぁそうだ。小松が男だってのは知ってる。けど好きになったんだ。もうヨハネスや他の男と一緒に歩いてるの見たくねぇ」
 思いの外嫉妬深い男を小松がどう思うかなんて考えちゃいなかった。ただ溢れる言葉が止まらなかった。
「トリコさんって同性愛者だったんですね」
 ショックを受けたであろう小松に、オレも否定など出来なかった。
「そうみたいだ……」
 小松を男でも好きになってしまったのだ。否定はするまい。
「……そうだったんですか……」
 ぼろぼろと小松の大きな目から涙がこぼれ落ちる。小松、オレも泣きそうだ・・・。
「泣くなよ、なっ小松?」
「ドリ゛ゴざん…」
 必死に慰めようとしてくれているのは解る。けれど涙が止まらなかった。きっと突然泣き出したのを不審に思っているだろう。
 けれど、トリコさんが男の人を好きだったなんてショックだ。
 トリコさんがボクを好きだって言葉を聞けて嬉しいのに。ボクの身体は女の子になっていて……。
 遺伝した体質が呪わしい。トリコさんが好きで女の子になったというのに、結局はトリコさんの望むようにはなれなくて……
「ごめんなさい……」
 ボクはそれだけを口にするのが精一杯だった。
「いや、こっちこそワリイ気持ち悪い事言って……」
 そんな泣くなよ、小松。泣かせたくなんてないんだ。そりゃあ男が男を好きだなんて気持ち悪いだろうけどよ。オレだって男なんてゴメンだ。けどよ、小松が好きになったんだ。
 泣くほど気持ち悪がられるなんて想像もしてなかったから地味に痛いけれど。
「いえ、こちらこそ。男じゃなくてごめんなさい」
「いやいや、オレの方こそすみません……って、ちょっと待ったあぁぁぁぁぁぁぁ、小松、それって、お前、女だったのかあぁぁぁぁぁ」



 周囲にトリコの声が響く。それはそれは近所中に響きわたる声で。
「にぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 そこには一瞬のうちにエプロンどころか全てはぎ取られた小松がいて。小動物のように身体を震わせ身体を隠そうとする小松にトリコは盛大に鼻血を出して意識を失ったのだった。




 崖の上に立つ一軒家。幼なじみの占い師が目の前で落ち込むトリコを笑う。
「小松くんをいつまで男の子と勘違いするか見物だったんだけどねぇ」
「バカやろっ、知ってるならさっさと言えよっ」
 無駄な時間過ごしちまっただろとふてくされるトリコの左手の薬指には指輪がある。銀色に光るプラチナのシンプルな指輪。幸せの証を外そうとしないトリコにココも笑うしかなかった。
「けど女ってのも不便だよなー。最近ハントも体調悪いって断られるしさ」
 実のところ小松に断られたショックで会いに行けず、暇つぶしにココの食料庫を荒らしにきたトリコだ。
「早速破局宣言か?」
 それは良い事を聞いたとばかりのココにトリコが吠える。
「縁起でもねぇこというなっ」
 地味にショックを受けていたトリコにとってココの言葉が胸に突き刺さる。
「まぁ、小松くんに聞くんだね」
「オレに飽きたのかなんて格好悪くて聞けるかっっ」
「……どうしてそっちになるのかなぁ」
 トリコの恋愛スキルの低さに絶句しつつも、結果を知る身としてはとても楽しいシークレットにココはその顔を緩ませるのだった。



 ほんの少しだけ柔らかさを増した身体。髪型は変えていない。胸だってあるかないか解らないレベルだ。
 脚は短いけれど、トリコさんがいつも見惚れているから少し自信がついた。
 一瞬にしろ、同性愛者だと思ったトリコさんが実は心底ボクに惚れているのだと、失血のあまり失神したトリコさんが復活した後に散々思い知らされた。
「小松が好きなんだ」
 そんなトリコさんの言葉があるからボクはどんな姿でも安心していられる。
 世間にはまだまだトップシークレットなボク達の関係。




 そしてボクの中にはトリコさんとの愛の結晶が宿っている。




 これはまだまだボクだけのトップシークレット。





無事終わりました〜。長い時間掛けて書いているので、読み返すにはちょっとツライですね、すみません。お付き合いいただきありがとうございましたvvv

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