「やっぱり間違いない、よね」
風呂上がり、鏡の中の自分を凝視してボクは確信していた。間違いない、ほんの少しだけ胸が大きくなった気がする。
いや、気がするだけか?
顔は普段25年間見慣れた顔だ。
身体もどちらかというと寸胴で、まさしく厨房の鍋と変わらない。つまり凹凸がない。
幼児体型ならまだ良いが、顔が残念なので裸でなければ完全に男にしか見えない。いや確かについ最近まで男だったのだけれど。
軽く落ち込みつつトリコさんが買ってくれたエプロンを箱から取り出す。
試着しようとして、汚すのは嫌だからと風呂まで入ったのだ。
トリコさんから『こ・今度オレの前で付けてくれよ』とプレゼントされたエプロン。
何故かピンクのヒラヒラしたもので、胸のあたりが大きなハートデザインのフリルがたっぷりなエプロンだ。
「きっと店員さん、間違えたんだろうなぁ」
でもサイズはぴったりなので、商品を取り違えたのかも知れない。
「トリコさん、これを誰かにプレゼントするつもりだったのかなぁ」
ボク用と彼女用と二つ買って、中身を間違えられたのかもしれない。
きっとそうだ。
トリコさんにはこんなのが似合う可愛い女の子の知り合いがいるのだろう。
髪だって長くて、手も足も長くて。ウエストは細いのに胸は大きい人形のような色白の可愛い女の子。
「ボクとは正反対だ……」
トリコさんの交友関係を詳しくは知らないから、誰とまでは特定できなくても大体の想像はできる。
身につけると、まるでスカートみたいになるエプロンはとても可愛いけれど……。
「致命的……」
風呂上がり、ショートパンツにタンクトップ姿の上に身につけてみれば。
まるでホルターネックのショートドレスのように可憐で可愛い。が、中身がいただけない。
短く硬い髪。ぺたんこの胸。足はまぁ普通か。
落ち込みつつ、箱へとしまおうとした所へ、連絡もなくトリコさんが食材を担いでやってきて、唐突にアパートの(施錠済みの)ドアを開ける。
「小松ぅ、これ食おうぜっ」
ワールドキッチンへと食材を卸しににきたついでだと言おうとしたらしいトリコさんがボクの姿を見て固まる。
「ト・トリコさん?」
「こまっおまっそれっはだっ」
「は? 何言ってるのかさっぱりですっていうか鼻血っっ」
一体どうしたのか解らなかったけれど、ボクはエプロンを片付けるとうずくまったトリコさんの介抱をすべく駆け寄ったのだった。
暫くうずくまったままだったのできっと体調悪かったのだろう。
それなのにわざわざ食材を届けてくれたトリコさんが、ボクの姿を見てエプロンの受取人間違いに気付いても何も言わなかった事に少しほっとした。
このエプロン、ボクが持っていても良いですよね?
後日。いつものごとくトリコの悩み相談を受けたココが苦笑する。
鼻血を出した時、『小松、お前、それ、裸っっ!?』と言いたかったらしいが、さすがに言えなくて幸いだったろう。エプロンをつけた小松くんに裸エプロンを想像したあげく鼻血まで出して、さすがのトリコも落ち込んだらしいよ、とは、ココの後日談だ。
トリコさん覚悟完了してたはずなのに、思わぬヘタレっぷりでした。
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