この世の理、越えるとも 1



 力なく布団の中で休むリクオに体質に合わせた薬を調合してやる。
「虚の体質だな、リクオは」
「何それ」
 大人しく布団の中で横たわるのリクオ自身も身体の調子が整っていないのを熟知しているからだろう。
 またもや夜の姿になったあげくに学友を助けるために抗争を繰り広げたらしいが、そんな面影は今のリクオにはない。
 勿論先日の夜のリクオの面影もだ。流されるままに身体を重ねはしたがリクオからは何の言葉もない。蒸し返さないでいてくれるのは正直ありがたかった。
 またこちらもリクオの不器用な誘いを朴念仁を装って気付かないふりをしている。
 リクオの体調を詳しく観察しながら、出来上がった薬をリクオに飲ませる。その薬はつまり人間がいう漢方のようなものだったが、効能は格段に違う。
 人が作った抗生物質とやらよりもよく効く。それは薬草の効能を研究されつくした経験値から相乗効果をもたらす組み合わせだからだ。
「で、昨夜んことも覚えてないのかよ」
「んー」
 言葉を濁し、旧鼠の事を覚えていないというリクオになぜかほっとした。どうやら夜の事は本当に覚えていないようで、そうなるとあの夜の事もまったく記憶にないと考えて良いのだろう。
「まぁ養生しな、また様子を見にくらぁ」
 夕方から幹部会があるからという大義名分の下、なるべくリクオと一緒にいたくはなくて早々に部屋を辞す。
 まだまだ若いリクオの身体は寝れば治るものだ。
 ふと自分とは違うのだと感慨に耽りつつ、もう少し幹部会まで時間もあるからと、あてがわれた離れの屋敷にと戻る。
 しばらくしないうちに、本家が急に慌ただしくなったかと思うと、妖怪達は気配を消して静まり返り、続いて人間の匂いがした。
 そろそろ関東中から幹部が集まる頃だろうが、どうやらリクオの学友とやらが来たのだろう。
 離れでいる分には関係ないが、そうまでして人間と係わりを持つリクオを腹立たしく思ってしまう狭量を鴆は持て余す。
 リクオは妖怪だけのものではないという事実、むしろ人間の方に近いのだと思えば、その分だけ夜のリクオに思いが募る。あいつが百鬼の主となる日をこの目で見られるのだろうかとも。
 深夜になって幹部会も終わり、リクオの様子を見に鴆は足を運ぶ。
 鴆の顔を見るなり気まずそうな顔をみせたのは、案の定寝る前に飲むように処方した薬を飲んでいなかったからだろう。鴆自身でも飲みたくないほどの苦さであるが短期間で治そうと思えば仕方のない事でもあった。
 渋々と薬に手を延ばしたリクオに、湯呑みに白湯を入れて手渡してやる。
 こくりと動く白い喉。まだまだ子供の様相を残す。短い髪も夜のリクオを連想はさせはしない。
 このリクオが、である。幼い手管で誘おうとしたのはどういう気の迷いなのか。
 かなりの苦みに噎せたリクオの背を撫でてやり、再び布団の中へと押し込む。
 やっとの事で薬を飲み終えたリクオは、言おうかどうしようか迷っていたらしい言葉を紡ぐ。
「ねぇ、ボク次の連休に友達と遊びに行くんだけどそれまでに治るよね」
 鴆に言わせれば、この上もなくふざけた発言である。
「あぁん? 出かけるだって?」
 本当なら学校とやらも休ませて養生させたいところなのに、これ以上出かけるとはどういう了見だろうかと、しかもよく聞けば泊まりがけで出掛けるというではないか。
 体力がついていかずに発熱しているというのに、無理をしてまでも友人を優先させるとは……。その友人とやらに嫉妬してしまいそうだった。
 リクオはこの奴良組の万の妖怪の主となる男だというのに……。人間としての行動など必要ない、鴆はそう考えている。
 そんな鴆の心の内など知らないリクオは問うように上目遣いで見つめてくる。
「薬、ちゃんと残さず飲むから」
 苦いから可能なら飲みたくない薬だが、それで外泊の許可が出るなら安いものだと思ったらしい。
「おうよ、口移しでも飲ましてやらぁ」
 飲まなければ追いかけてでも飲ませるつもりだとの勢いだったが、軽はずみな言葉にリクオの表情が一変する。
「く・口移し」
 途端にリクオの頬が赤く染まって、しまった!!地雷を踏んだかと鴆は焦る。
「いや、例えだ、例え。まぁ週末にゃ治んだろ」
 あまり蒸し返したくないと、鴆はそそくさと部屋を出る。こうして二人きりでいるなんて、下手をすればまたあの夜の再現になる。
 もう二度とはない。そう鴆は理解していたのだが……。








 中庭で夜風に吹かれ、一人月見を楽しんでからあてがわれた離れの屋敷にと戻れば、そこには白い肌に寝間着がわりの浴衣を肩から羽織っただけの夜のリクオが寝そべっているではないか。
 何しに来たと問うのも馬鹿らしくなるあからさまな場面である。
「あんなぁ、リクオ。昼のお前が熱だして寝てるってのに」
 どう見ても夜這いの場面に鴆はうなだれる。
「あの薬が効いたみたいだな」
 ちょいとばかり意識がなくなる薬を入れてくれたおかげで出てこれた。そう夜のリクオはご機嫌だった。
「鴆よ、よほどこのオレを三代目に据えたいらしいなぁ」
「リクオ……」
 夕方リクオにかけた言葉を思い出す。『あのリクオに三代目を継いでほしい』というようなグチ混じりの発言をしたが、それではまるでリクオがもう一人いるかのようで正確ではないかと考えに耽っていると布団の上に押し倒されていた。
「昼のオレは頼りになんねぇかい」
 長い髪が顔面に落ちてくるのでその表情は見えはしない。
「オレは知ってんだ。じじぃがお前に吹き込んでる事もな」
 リクオに三代目を継がせるよう説得しろとそんな言葉を思い出す。
「言わせておけ。心配せずともこのオレが三代目になるとな」
 ふわりと風がリクオの髪を揺らし、その表情を垣間見せる。切れ長の目にすっと通る鼻梁。透き通るような肌はまさに佳人。
「……しかし、昼のリクオは」
 このオレ、とまるで別人のように言うリクオに鴆は不安になる。どうしてそんな事を言うんだ?
「それが俺に関係あるのかい?」
 口の端をほんの少し持ち上げただけの笑み。

 アンタはとことんぶっ飛んでやがる。お前らは二人で一人だろうが、まるで別人のような発言をしやがって。

 いや、本当は別人なのだとしたら?
 もしかしたら、このリクオはいつしか昼のリクオを消してしまうかもしれない。
 いやな予感を追い払い、鴆はリクオの腰を引き寄せる。


 薄く薄く、消えかけようと細る月が、二人の関係を加速させていく……。


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