月のない夜だった。新月とも朔月とも呼ばれるその夜に変化した時、初めて曖昧だった記憶が合致した。
血が熱くなる感覚に、何もかもが曖昧になって思い出せないでいただけで、まさにそれは自分自身の行動だと認識した朝。
初めて変化した時のガゴゼのこと。蛇太夫のこと。旧鼠のこと。
牛鬼との争いの朝、それは記憶が流れ込むような感覚だった。
しかし思い出したのは記憶だけで、本来は自分自身の感覚であるというのにどこか一枚隔てたような感覚が拭いきれないでいた。その記憶が、言うならばリアルな体感ゲームをした程度の曖昧なもので実感が乏しいものだったかもしれない。
だが何よりもリクオを驚愕させる事もあった。
(まさか、ボクの知らない間にあんな事をしていただなんて……)
屋敷が焼けて本家の離れで仮住まいをしている義兄弟との事だけを思い出さないはずもなく。
二人の間に起こった事を思い出して蒼白になる。
(ボクが誘っても鴆くんは気付きもしなかったのに。夜のボクは鴆くんを押し倒して……)
旧鼠の事を覚えていないのかという台詞に頷いた時にほっとした顔をしたはずだ。
夜の自分があんな事をしていたなんて思い出した今も信じたくはなかった。
義兄弟の鴆の腹の上に跨って腰を振っていた自分。目を瞑れば欲望に表情を染めた鴆の顔が浮かぶ。たまらずにその唇を奪い唾液を絡めた口付けに酔った己の姿……。
擦りつけるように腰を振って、上下に動かした腰は鴆のモノを易々と飲み込み、快楽を貪っていた。
触られずとも、内からの快楽にきつ立したソレを鴆の手でしごかれ彼の手を汚した事もすべて記憶にある。
どうしてこんな事を思い出してしまったのだろう。
捩目山の霊障か朔の月の影響か。どうせなら思い出したくもなかったのに。
夜の姿にならねばならないなら、その記憶などなければ平和に暮らしていけたのに……。
もう一人の自分の行動を知ったところで苦しいだけだった。ずっとずっと密かに抱いてきた義兄弟への気持ちを、まさか自分に踏みにじられようとは考えもしなかったからだ。
あんな子供っぽい誘い方、歯牙にもかからないはずだ。 夜の自分は違う。艶やかな容姿、絶対的な力。きっと妖怪なら誰でも惹かれるのだろう。
鴆とて同じだ。妖怪の彼にとって夜の自分は理想の姿だろう。夜の自分を見る彼の視線が忘れられない。
昼の自分を見る目とは全然違う、欲望にたぎる瞳。その鴆のモノを易々とくわえ込んで、白い情欲の証を何度と吐き出していただなんて。
(もう鴆くんに会えない。……会いたくないよ)
でも夜の自分はきっとまた鴆と関係し、自分を苦しめるに違いないのだ。
(違う、そうじゃない。・・・同じボクのはずなのに。本当はボクの行動なのに)
どうしてこんなに違和感があるのだろう。何かで隔たれたような、第三者の視線でいるような感覚になるのだろうか……。
理由は解らなくても、それでも……。
(ボクが奴良組の三代目になれば、きっと鴆くんも昼のこの姿のボクを認めてくれるに違いない。)
(だからボクは心を決める……)
牛鬼の屋敷で霧が迷いの霧が晴れていくのをリクオは感じていた。
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