どれほどの時間が経過しただろうか。
「ちょっとオレ、マジヤバいっすから」
まるで転がり落ちるように猩影が御簾の中から出てくる。
リクオの甲高い悲鳴も途絶えていて、事が終わったのだろうと推測出来た。
身支度だけ済ませたであろう猩影が足下も覚束ない様で広間を走りながら出ていく。
そんな後ろ姿を苦々しく見送って、鴆は肩から力を抜いた。手のひらに爪がくい込んでいた跡が痛むが、胸の奥の痛みの比ではなかった。
「どうした鴆。リクオ様の様子を看んで良いのか」
医者としてリクオの状態を把握しないでいられるのかという牛鬼の言葉を苦々しく受け止める。
「……、」
陵辱された跡を見るのは流石に辛いものがある。こんな仕打ちを望んでいない自分が、止めてやれなかった自分が、現実を見たくないと躊躇してしまう。
「ここからは人型と言っても人間と異なる型の者が続くが」
リクオの身体が壊れないか等と牛鬼が気にしているとは思えない。
この武闘派の男が案外小賢しい事を企む事を知っている鴆は鼻白む。
「リクオ様が正気を保ち続けるならもっと絶望するような処遇も考えねば」
そうすれば完全に妖怪へと変化するかもしれぬと空恐ろしい事を口にする男を意外だとは思わなかった。
「鴆、信頼しているお主から手ひどくされればリクオ様もあるいは」
その言葉からも解る。
この男にとって大切なのは奴良組であってリクオではないという事実がここにあった。
「気を付けねばならぬのは覚醒したリクオ様に切り殺されるかもしれぬということだ」
幹部の総意として、妖怪である事を望まれるリクオはまだまだ耐えねばならないのだろう。
渋々と御簾の中に入るが、本音ではリクオを見たくはなかった。医者として看るべきだと頭で理解はしていても感情はそれを拒む。
「リクオ、」
掛け布団を頭から被るリクオは誰とも顔を合わしたくないのだろう。
「……鴆くん、っう…」
身体はどうだと問うより早く、うめき声が聞こえて、どこか傷つけられたのかと怒りが沸き上がる。
「くそっ猩影めっ」
掛け布団を剥げば顔を赤くしたリクオがすべてを拒絶するようにそこにいた。
「どうした、どこか痛いのか?」
有無を言わせずにリクオの着物の前を肌蹴れば、想像を裏切って誰の跡も残っていない綺麗な身体があった。
「やだ、鴆くんっ」
隠そうとする身体を押さえつけ、背後から患部であろう場所を晒す。
すべての痕跡を拭われた後なのだろう。患部であろう場所は慎ましやかに清楚さを保っている。想像していた以上に白い肌に傷どころか鬱血の跡はない。
もし自分ならば紅い所有印を刻みつけるだろうにと、リクオを上向ければ、まだ幼い形状のリクオ自身が可哀想なぐらい張りつめて震えているではないか。
「これは、」
「バカ、鴆くんのバカッ」
隠そうと股間を抑える姿が余計にいかがわしさを増す。
あれだけしておいてまだこれとは。人間にこの香はきついのかもしれない。
「次の奴、呼んだ方が良さそうだな」
医者としての目ではなく、男としてリクオを見てしまいそうになって鴆が視線を逸らせば、その言葉に怯えたリクオに着物の袖を捕まれる。
「やだよ、鴆くん。ボクが何をしたっていうの? どうせボクが頼りないから鍛えるために荒治療しているんだろうけど」
けど、こんなの……、理不尽だよ。
そう呟いたリクオの声が震えている。
健気に耐える姿に、鴆はその肩を抱き寄せたい衝動に駆られていた。
ここで自分がリクオを手に入れて何か不都合でもあるだろうかと、思わず鴆はその手を伸ばすのだった。
BACK/
NEXT/
TOP