鴆がリクオの側から離れられずにいると、御簾の中に猩影が入ってくる。
全くもって妖怪らしくない。むしろ人間の様に近いのではないだろうか。
大猿の妖ではあるが、見た目は今時と称する青年の姿をしている。
上背の高さは鴆ですら見上げるものだ。
本家に出入りするようになってまだ日の浅い彼が、その大きな身体を申し訳なさそうに縮込める。
「その、すんません……」
こちらを見て頭を下げてくる猩影に鴆は苛立ちを募らせる。
「どうしてオレに謝んだよ」
謝られる筋合いはない。一連の行為は幹部会の決定であり、結果的に鴆も同意したも同じなのだ。
それなのに、猩影の謝罪がごく当たり前のように感じられて鴆は眉間の皺を深くする。
「いや、あの……」
見た目よりは年を経ているだろうに、言い淀む彼は見た目そのままの年若い青年のようだ。視線が泳ぎ、鴆を見ようともしなければリクオをも見ようとはしない。それでもこれから自分が為すべき事だけは把握しているのだろう。
「猩影、時間がない」
御簾の外から牛鬼の声。
それは鴆にも向けられた言葉だった。
次の男が入ってくれば仕方がない。今ここで邪魔なのは自分なのだ。
次にリクオはこの猩影に陵辱されるのだろう。
「猩影くん……」
リクオの言葉が震えている。年齢よりも高い声。先程牛鬼によって散々喘がされたというのに瑞々しく掠れもしていない。
「スンマセン、オレこういうの嫌なんスけど。それにリクオ様も男だし。……男とは初めてだから」
「いいよ、気にしないで。皆でボクを試しているんでしょ」
きっと牛鬼の事だからとリクオは顔を上げる。人間のリクオがどこまで耐えぬくかと、いわゆる試練なのだ。
覚悟だけでは奴良組を背負いきれないかもしれないから覚悟だけではない、どんな事にも折れない心を示さなければならないとリクオなりに理解しているようだった。
「それで皆が納得するなら、どんな事でも受け入れるから」
迷いのないリクオの言葉に鴆は俯く。リクオの覚悟は鴆にはとても痛くて、まっすぐなまでの疑う事の知らない思いに切なくなる。
軽く頭を下げて鴆が御簾の外に出ても二人の会話が漏れ聞こえてくる。
猩影にも迷いがあるのだろう。遅々として進まないのは猩影の言葉からもわかる。
「あの、それにオレ。身体デカくて。その……」
ナニもデカいと言いたいのだろう。
けったくそ悪いと鴆は心の中で悪態を吐いた。
会話が聞こえてくるのは呪文の声が小さいからだ。唱和するのに集中など出来ない。
これからリクオがあの青年にどうされるのか。考えるだけでも身が灼けそうだった。
「……猩影くん、」
震えるリクオの声。可哀想なほどにその幼い身体も震えている事だろう。
「あの、ホント出来ないかもしれないんスけど」
「いいよ、その……、ボクだってホントはとても嫌だから」
「リクオ様……」
啜り泣く声。泣いているのはリクオしかいない。
「ゴメン。泣かないって決めてたのに」
影が重なったのが解り鴆は視線を逸らす。猩影がリクオを慰めるように抱きしめたのだ。
「こちらこそ、スミマセン。リクオ様の顔見てたら。その」
上擦った猩影の口調から今どのような状態に追い込まれたかも解る。
仕方がない。欲情するように何種もの組み合わされた香が焚かれているのだ。
「リクオ様がマジで可愛いですけど」
そろそろ意識も朦朧としているだろう。特に獣型の妖にはよく効く香なのだ。
「オレに全部、見せてください」
目を瞑って拒絶しているにも係わらず猩影がリクオに何をしようとしているのか解ってしまう。
衣擦れの音がこんなにも大きいとは……。香を中和する薬湯の効力が薄れかけているに違いない。
神経が過敏になり聞こえなくても良い会話までが聞こえてしまい、鴆は広間を飛び出してしまいたい衝動を耐える。
「やだ。猩影くん、そんなとこ」
「だってリクオ様のここ、ひくついてて」
「だ、だめっ」
「うわっやわらかっ」
「くっ、ん」
「ここに挿れていいんスよね」
「あっ、やぁ、そんなに拡げちゃ」
「同じ男のモノなのに、リクオ様の……カワイイっす」
「ひっ、だからってソコは、あっ」
握った掌に爪が食い込む。人型の姿は薬師としての能力を充分に発揮できたが、今は何も出来ないこの手が疎ましい。
リクオを突き放すだけの手なと欲しくはなかった。優しく抱きしめる腕が自分の腕であったなら……。
いつものように胸が焼け付くが、この痛みはいつもの痛みとは全く違う。じりじりと蝕むような痛み。
偽りの代償は鴆へと確実に返ってきていた。
これを耐えるべきであるのに鴆の心はそれを是とする事を強く拒むのであった。
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