とある朝の風景 2



 妖怪任侠一家奴良組本家の三代目候補として、酒の席は良く知ったものだ。
 過保護な首無が未成年だからと酒を飲ませてくれないため、成り行きで皆の様子を伺うだけのボクはいつここから抜け出そうかと画策していた。
 明日だって学校がある。いつまでも祝いの言葉を受けている訳にもいかない。
 そっと抜け出すなど雑作もないと部屋へと戻れば数分もせずに機嫌の悪そうな声がかかったのだ。
「リクオ、主役が抜け出すなんて良い度胸じゃねーか」
「鴆、くん」
 障子を開けて入ってきた義兄弟の鴆くんに気付かれていたのかと苦笑いをして見せれば、おもむろに鴆くんは一升瓶を取り出す。
「まったくみずくせぇよ、オレに黙って決心してやがって」
 義兄弟の自分に一言あってしかるべきじゃあないかと鴆くんがボクに盃を差し出す。
「飲め」
 そこにある透明の液体は水ではない。米を磨き、麹で発酵させたれっきとした日本酒である。匂いこそ知ってはいても実際に飲むのは儀礼的な最低限のものばかり。
 特に明日は学校なのだ。絶対に飲めるものではない。
「あの、ボク未成年だし」
 日本の法律では20才になってから酒などの嗜好品は許される物となる。
 しかし妖怪にとっての成人は13才であるからして、ボクも成人間近の立派な青年であり、酒の一杯や二杯飲めないでどうするという理屈となるのだ。
「あと数ヵ月じゃねーか」だから鴆くんにしてみても酒を勧める事になんら罪悪感はない。むしろボクが何故断るのか解らないといった節があった。
「それともなんだい? オレの盃は受けられねぇのかい」
 鴆くんに詰め寄られながらボクは頭を悩ませる。

(きっと明日も学校だとか鴆くんには関係ないんだよね)

 本当に困るんだけど、と肩を落とす。
 これを回避するにはやはり逆の立場となるべきだろう。
「ほら、鴆くんボクが注ぐから飲んでよ」
 無理からに一升瓶を取り上げ、盃へと注いでやる。
 鴆くんの事は兄のように好きだけど、人間の常識が通じないのはほとほと困る。まぁ妖怪なんだから当たり前だけど。
 そんな事をつらつらと考えながら一升瓶を傾けつつ様子を伺う。
 鴆くんは昼夜含めたボクを認めてくれる数少ない理解者だ。その鴆くんを思えばほんの少し胸が痛む。この痛みの名前を考えているけれどはっきりと答えは見つからない。
 鴆の儚さゆえか? ボクよりも短いかもしれない命に対する憐憫か…
 どれも違うような気がしても、失われたパズルのピースのように空欄のまま正体は解らなかった。


「若、お電話です」
 鴉天狗が電話の子機を小さな身体で運んできて、障子の隙間から盆に乗せた子機を部屋へと差し入れる。
 保留を解除すれば清継くんの聞きなれた声がした。
「あ、清継くん。えっ? 明日の朝? いいよ、大丈夫」
 ただの同好会からクラブ活動として正式に認められた郷土史研究部。その実は清十字探偵団、妖怪研究部とは生徒間の呼称だ。
 名誉隊員に指名されたボクは自主的に入部した訳ではないけれどマメに顔を出している。
 皆が妖怪に興味があって嬉しいというのもあるし、あと無闇に危険な事に首を突っ込まないよう見張るという意味合いもあった。
 電話は明日の朝練の連絡で、ボクが朝練って何するんだろ?と頭を悩ませていると、背後から声がかかる。
「すると何かい?リクオはオレより学友を取るってのかい?」
 あー、目が座っている。見れば一升瓶の中身は半分ぐらいなくなっていて。
 人間生活も家族も大切なんて解ってくれってのが我が儘なのかな。
「えーと、鴆くんも大切だよ?」
 昔のように話が出来て嬉しいんだ。何でもよく知っていて理想の妖怪。他の皆にした悪戯は成功ばかりだったけど、鴆くんにはいつも見破られてばかりで、よくお仕置きで木の上に置き去りにもされた。そんな昔から彼を一目置いている。
 身体が弱いと言っても感じさせない力強さがある。ひ弱だなんて決して言えない。
 鋭い視線と意思の強そうな口元。啖呵を切る鴆くんの勇ましさ。小さい頃から大好きな兄貴分。
 じっと見つめていると鴆くんは何かを決意したような表情を垣間見せる。
 そして、ぐらりと身体が傾いだかと思うと背中に痛みが走っていた。
 鴆くんに足を払われ転がされたのだと理解するまでに数瞬。
「ちょっ、鴆くん?」
 もしかして押し倒されてる? 鴆くんが身体の上にのし掛かってきて、余程鴆くんを怒らせたのかと後悔した。電話なんかあとから掛け直せば良かった。
 黙ったままのボクに鴆くんは顔を近づけてきて……。低い声が耳元で囁く。
「その人間の友人に会えなくしてやりてぇや」
 途端、着物の胸元を乱暴な仕草で拡げられ、流石に尋常でない行動におののく。
 鴆くんの顔が胸に降りてきたかと思うと痛みが走っていた。
「な、に?」
 そこから一瞬にして甘い熱が生まれる。
「今のって、」
 キスってもんじゃないかと少ない知識に照合されれば肯定するかのような鴆くんの視線。
「お望みってんならもう一回してやろうか」
 鴆くんの顔から表情が消えていて、目の前にいるのはボクが知るいつもの鴆くんではなかった。
「いや、だ」
 逃げようと身体を捩るが、どこから出したのか、荒縄で両手首を縛られる。
「初めからこうしときゃ良かった」
 完全に目が座っていて、冷たい目をしている鴆くんの意図が読めずボクは震え上がる。
 頭の上で手首を交差する形にまで縛られれば、全身が恐怖にすくんでいた。
 のし掛かられた本能的な恐怖。自由になる足で鴆くんを蹴ってみるが、それすら予想の範囲だったらしい。蹴ろうとした足首を捕まれ高く持ち上げられていた。
「本当に若は元気がよろしいようだ」
 抵抗すら面白いと言わんばかりの鴆くんの行動に戸惑いは無い。
 意外にも逞しい腰が膝を割って入れば蹴る事も出来ず、為されるがままとなる。
「肌の色によく映えるようくっきりつけてやんよ」
 舐められて軽く吸われたかと思うと次には痛いぐらいに吸われる。
 胸のどこかしこも鴆くんの唇が触れて、それが少しずつ下がっていく。
 帯が解かれて傍らに投げ捨てられる。
 少ない知識でも知っている。これは男女間に行われる事で、赤ちゃんが出来る行為だ。
 男同士では子供なんて生まれないから、なんの目的があるか解らないけれど、どきどきが止まらない。身体が熱い。
 臍から下にと鴆くんが移動し始めたので慌てて身を捩る。
 先程からの刺激に反応しているのを知られたくないのに。
 自分でも鴆くんの悪戯に反応して、恥ずかしい事になってしまっているなんて信じられなかった。
「リクオよぉ、俺には判ってんぜ? 本当に元気がよろしいようだ」
 先程と同じ台詞で別を指す言葉に顔が赤くなる。
 くくくと押し殺したように笑われ、布越しにむんずと掴まれ身体が跳ねた。
「こちらは楽しんでるみたいで何よりだ」
「ぜ、鴆くん、っあ」
 大きな掌に揉まれ息が上がり、さらに血が集まっていくのが解る。

 こんなの、いくら好きな鴆くんでも恥ずかしいよ……。
 もしかして、ボク鴆くんとあんな事しちゃうのかな?

 脳裏に睦あう男女のイメージが浮かぶ。
 その可能性を考えてボクは潔く覚悟を決めた。この熱を解放してもらえるなら何をされても良い。

 だから鴆くん、もっと……、


 次はどんな刺激が待っているのか目を瞑ったものの、それ以上進む様子が伺えず、痺れをきらしてうっすらと目を開ければそこには熟睡している鴆くんがいたのだった。


 これって放置プレイ? 蛇の生殺しじゃない、鳥の生殺しに、身体中の血が怒りで熱くなり、自分でも変化したのが判る。
「今ここで死にてぇようだなぁ」
 力を入れれば荒縄など簡単に引きちぎれたが、がっちりと抱き締められた身体を動かす事は出来ない。
 煽られた身体は熱を孕み、解消する術は一つしかないというのに。
「鴆のヤロウ、覚えときやがれっ」
 覚悟を決めたと思ったらこの仕打ちだ。
 起きたらただじゃ済まさねぇぞと、一通り悪態をつけば落ち着いたのか身体は元へと戻る。
「鴆くんの甲斐性なし」
 何度ともした事のない行為を、つまり一人で高ぶった熱を解放して、虚しさに溜め息をつく。
「そうか。ボク、鴆くんの事…」
 かなり好きなんだと、ふと気付いてしまった気持ちの在処に、次があるならきっと受け入れてしまうのだろうとリクオはもう一度大きな溜め息を吐くのだった。





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