日頃から吐血が過ぎるので血圧は低い方だった。だからという訳ではないが朝は特に弱くて、今朝とて起き抜けの冴えない思考を回転させてみるが、昨夜の事を鴆は何一つ思い出せないでいた。
己れの部屋ではない。新築された欅の色ではなく、飴色に光る年期を伺わせる天井。
真新しい畳の匂いもなく、変わりに酒と、これは雄の匂いか?
見覚えのある掛け軸から、ここはリクオの部屋である事が知れる。
見れば一升瓶が数本に切れた荒縄が部屋に散乱していて、昨夜の様子がどれ程であったか容易に想像出来た。おそらく酒が過ぎたのだろう。
確か幹部会があって、若頭就任の祝が延々と続いていたのだ。あの宴の後、自分はどうしたのか。先が思い出せない。
恐る恐る身体を起こせば、予想どおりの存在がこちらを睨みつけているではないか。
「リ、クオ?」
「やっとお目覚めのようだね、鴆くん?」
「ワリィ、昨夜何があったんだ?」
深酒したのは身体のダルさから解る。しかし飲んだ記憶も朧気で…。
安易に問うたのがまずかったのか。
「鴆くんの馬鹿っ!」
いきなり怒鳴り付けられて目が点になる。
「なんでぇ、朝っぱらからデカイ声出すなよ」
「怒りたくもなるよ!あんないやらしいコトしといて!」
「あぁ?」
ちょっと待ってくれ。いやらしいとはどういう事だ?
「まさか覚えてないんだ?」
「そのまさかだよ」
開き直ればリクオの目が細められる。人間の姿だというのになんという迫力だろうか。
「これ見て思い出さない?」
ガバリとリクオが夜着の胸元をはだければ、薄い胸板にある淡い色の飾りに視線がいく。男のそれであると言うのに妙に色気があり、心の臓が速くなる。
そして、蕾の付近に咲く紅い華に視線は釘付けになってしまう。無数の紅い跡は紛れもなく情事の印で。
「それは、まさか、オレが?」
確かにリクオに対して、持つべきでない想いを秘しているが、まさかそんな。酒の勢いでなんて事をしてしまったのだろう。
「鴆くんがあんな、酷い事するなんて」
大きな瞳から今まさに涙が落ちようとしていて、鴆は慌てて謝罪する。
「悪かった、二度としねぇって約束するから!」
「絶対だよ?鴆くんってば途中で寝ちゃうし、中途半端で放っておかれるなんて辛いんだから」
男なら解るでしょ?と頬を膨らませるリクオの愛らしい事と言ったら。
しかし、昨夜どんないやらしい事をしたのか思い出せないのには困る。夢でしか汚した事のないリクオのどこまでを奪ってしまったのか。
最後までは致してないのはリクオの言葉から解るが、覚えていないのは何ともしがたい。惜しい事をしたと悔やむ鴆にリクオは更なる追い討ちをかける。
「鴆くんは寝ちゃうし、仕方ないから自分でしたんだから」
「…何を?」
話しが見えなくて聞き返せば喋り過ぎたと思ったのかリクオの頬がかぁと真っ赤になった。
「馬鹿っ!」
恥ずかしそうにもぞりと足を擦る仕草に予想がつく。
「まじかよ…」
昂った自身をリクオは自分で処理をしたのだろう。つまりいやらしい事をされてその気になったリクオは一人で自身を慰めたという訳だ。
その姿を想像して、残念だったと肩を落とせば、リクオが正面に詰め寄ってくるではないか。
「次に途中で寝ちゃったら許さないからね!」
照れ隠しで語調を荒げるリクオ。
だが次とは?
まさかリクオは…いや、話の流れをよく思い出してみれば、リクオが怒っているのはいやらしい事をした行為そのものではなくて、最後まで至らなかった事ではないかと気付いてしまう。
そうか。そういう事か。遠まわしな言葉だったけれど、それを汲めないほど野暮ではないつもりだった。
ある意味男前な発言をしたリクオをゆっくりと引き寄せる。
昨夜の事を覚えてないのは仕方ないとしても、これからの事は絶対に忘れる事はない……。
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