掌中の珠



 薄暗い部屋の中、静寂の空間に二人。明けた窓からは澄んだ空気が部屋へと流れ込めば、先程まで部屋に充満していたむせるような匂いが薄まっていく。
「朝早いのにこんなことするなんて……、案外元気だよね、鴆くん」
 唇を尖らせるリクオに鴆は苦笑するしかない。
「バカヤロウ、朝だからじゃねェか」
 それぐらい解れとばかりの鴆の様子にリクオは頬を染める。
 鴆は傍らのリクオの慣れない手さばきを、それでも愛おしいと言いたげに見つめていた。
「リクオ、出来ねェ事はしなくていいんだぜ」
「もう、鴆くんったらボクを子供扱いしないでよ」
「解った、解った。オレが一から教えてやるよ」
 ムキになるリクオの愛らしさに肩を竦めると鴆はリクオの手にそっと乗せる。
「触ってみな」
 それの形を確かめたリクオは驚いたように顔を上げた。
「何? すごい硬い……、いつもはあんなに柔らかいのに……」
 こんなに硬いなんて知らなかったと初なリクオの言葉に鴆は目を細める。
「ねぇ、鴆くん。これってどうしたらいいの? 最後はどうなるの?」
 手の中で硬さを保つそれはリクオの小さな手には多少大きすぎる。
「解ってんだろ、最後は柔らかくするんだよ。いつも食べてんだろ?」
 鴆が耳元で囁けば、そうか、と気付いたリクオの頬が初々しく染まる。
「ったく、リクオは可愛いな」
「……やっぱり子供扱い……」
 頬を膨らませたリクオに鴆は教えがいがあると、これ以上なく優しく笑みを浮かべてみせる。
 そして……。






「でも鴆くんが料理するなんて知らなかったよ」
 手の中にある高野豆腐を見つめて、これが出汁を含んであんなに柔らかくなるなんてと呟く。
 母も女妖達もリクオが台所に立つなんて事をさせた事がなかったので、リクオにとって料理とは未知のものだ。
 それを鴆が難なくこなすなどとは想像もしてなくて。
「オレのは薬膳だがな」
 基本は、体内に病を寄せ付けないようにし、かつ自己治癒力を高めるために食事をする。
 だからリクオのためにと朝早くから仕込みをしようと起き出したのだ。
 そろそろ米が炊きあがるという時に、独特の匂いに誘われてリクオが起きてこようとは計算外。
 ましてや手伝うなんて言い出すリクオだったが出汁の一つもとれないとなれば部屋の奥で座ってくれているのが一番だった。
「雪女が作る料理はおいしいんだけど冷たくってさ」
 だから楽しみだというリクオに鴆は腕によりをかけて作ってやるのだと再び台所へと戻るのであった。




想像力万歳。むしろ妄想力です。硬いのはアレじゃなくって高野豆腐です。むせるような匂いは御飯が炊けて蒸しあがった匂いです。

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