思うがままに貪り、後始末もそこそこにリクオの隣に倒れ込むように横になる。
すすり泣くリクオを何度も揺さぶって、まるで犯すかのような性交。終わって思うのはリクオはどうだったのかと、まるで自分自身が童貞だった時のような焦りだった。
同じく隣で伏すリクオを横目で見れば冷や汗すら流れ落ちる。
後始末をせねばなるまい。リクオの体内から精を掻きだして、そして出来るならば湯浴みでもさせたいところだった。
冷静になれば周囲の声も気になる。唱和の声の片隅で笑い声さえ聞こえてくるかのようだ。
ぐったりとしたリクオを見れば途端に罪悪感が襲ってきた。いくらなんでも初めてのリクオらに対して濃厚すぎたかもしれない。
手っとり早く快感を与えようと性感帯を刺激し続け、リクオの意志など無視してしまっていた。幼いとはいえ、雄の本能からして、例え理性が抵抗したくても出来なかっただろう。
本当はこんな交わりなど望んでいなかった。リクオの弱みにつけ込んだような情交は本意でなかったとは今更か。
自分に出来ることはリクオの身体の後始末をしてやって、それから牛鬼に真意を質す事だ。
リクオは疲れからか意識を手放し始めている。袂にあった小さな包み紙を取り出しリクオに飲ませてやれば、心地よい眠りに引き込まれていったようだった。
これで後始末をしてもリクオは気づかないだろうと何故か安堵しつつその身を清めていく。
「終わったか?」
疑問系だったがまるですべてを見透かしたような牛鬼の言葉。
そっと覗けば平静な表情の牛鬼が座していた。今ここで何が行われていたか知っているだろうに喰えない男だと鴆は眉を寄せる。
すべて牛鬼の計画の上で踊らされているようで気に食わない。
「どうしてだ……」
鴆の言葉に牛鬼の口元がうっすらと笑みを浮かべる。
「どうしてかなどと愚問。鴆も加わりこれで幹部の総意となったではないか。次は私が……、今度は本格的にいこうか」
腰を上げ牛鬼が御簾の中へと入ってくる。羽織を脱いで傍らに置くと勝ち誇ったように鴆を見据えた。
「もう異論などあるまい?」
予想の範囲内で事が進んでいると言いたげな表情。次にリクオを陵辱するのは牛鬼という事か。
これで幹部の総意となったと言った牛鬼に、やはり計算尽くされた事だったと鴆は確信を得た。
今までの事はすべて反対していた自分のためだけの茶番だったのかと。
「騙したな……」
腹の底から出た声は怒りを押さえてもなお鴆の感情を表していた。
しかしそんな鴆の言葉を牛鬼は一顧だにせず、いつもは表情を見せない口元がせせら笑っているようであった。
「満更でもなかっただろう。まだ汚れのない身体はさぞ鴆の命を長らえさせたことか」
他人の気を受けた事のない人間の身体は妖力を増す働きがあるというがどうだ? と、問う牛鬼の言葉に鴆は顔を怒りで赤らめた。
「オレはそんなつもりでリクオに手を出した訳じゃねぇんだ」
情欲に負けたつもりも、命惜しさに利用しようとしていたつもりもない。あえていうなら独占欲に負けたのだ。
「ほう、ではリクオに懸想しているでも?」
いつの間にかリクオ様から呼び捨てになっていて、牛鬼の真意が知れる。こいつはリクオより奴良組が大切なのだと今更ながらに気がついた。
「わりぃかよっ」
ずっとずっと大切に想ってきたのだ。いつか三代目になる男だからと遠慮しつつも、思いを募らせずにいられなかった。
リクオを三代目にするためなら、例えリクオが辛い道を歩もうとも見届けようと思っていた。
幹部が昼のリクオより夜のリクオを望むならそれも仕方ない事だったし、これを乗り越えればきっとリクオは誰の反対もなく三代目となる
「しかしお前には何も出来んだろう。終わったなら早く出ていく事だ」
気に入らない。そうしてリクオを傷つけて、リクオを完全な妖怪にするのに何の利がある? リクオはリクオではないか。
「断るっ、リクオをこれ以上傷つけさせねぇ」
ありのままのリクオが三代目になる事こそが奴良組のためだ。もう迷うまいと、鴆はいつでも羽を広げてろうと構える。
鴆毒でリクオを傷つける事になっても、これから複数に陵辱されるよりはマシだろう。
牛鬼が傍らに置いた脇差しに手を伸ばす。空気が一気に張りつめたものに変わり、ぞわりとした悪寒がした。
牛鬼の畏れ気圧されてはならないといっそう緊張感が全身に漲る。
その空気を破って、牛鬼と鴆の間に上背のある青年が飛び込んできたのだ。
「牛鬼さまっ、もう許してやってください」
大きな身体を小さく折って頭を下げる猩影がそこにいた。
先程、慌てて御簾から飛び出ていった彼。リクオの身体からも猩影が何もしなかったと解る。
あれだけの痴態を目の前にしながら耐えたのはどうしてか。
「……あまりにも惨いです……、酷すぎます」
リクオを排除しようとする幹部の意見に押され猩影も何も言えなかったのだろう。
しかしここにいる青年はリクオのために頭を下げている。鴆とて気持ちは同じだ。
「頼む、牛鬼。リクオが不満だというならオレ達がリクオを支える。だからリクオを否定しないでやってくれ」
滅多に下げたことのない頭を下げればゆっくりと牛鬼は脇差しを置き座り直したのだった。
「やっと言ったか……。お前たち若い者達が頼りないから老骨に鞭打たねばならぬのだ」
牛鬼の言葉に鴆と猩影が顔を上げる。先程とは違った空気が満ちていた。
「今奴良組はもっとも覇気がない。二代目が没した原因が羽衣狐という事もあり、また血の薄いリクオが三代目ではと不安がつのり今の有様となった……。それは致し方ないのかもしれないが、盛り上げるのは新しい血でなくてはならぬ。リクオと……そして鴆や猩影の若い血だ」
現代を生きる妖の柔軟な思考を、昔に捕らわれない自由な発想を持つ若い血が必要なのだと、さらに牛鬼は続ける。
「それなのに古参の私の意見ばかりを入れて、自分達はどうなのだ。それで本当に奴良組を……、リクオを想っているというのか。いつまで、自分は若輩者だからと遠慮するのだ。猩影も、ただ奴良組に身を置くだけではただのでくの坊と同じよ。二代目が亡くなって、それが羽衣狐の脅威と知って尻込みする古く弱い妖達。弱体化したのは保守に走り弱腰でいたからだ」
「そんな我々の古い世代を、凝り固まった考えを払拭させ、安寧の中で弱体化したのはどうしてか考えていくのがお主達の責務なのだ。つまり私の首を落としてまでもリクオを支え守るのがそなた達の役目ではないのか?」
幹部の意見だからとリクオに辛い思いをさせる事を黙認してしまった己を鴆は恥じていた。本当にリクオを思うならばここにいる幹部すべてを敵に回すべきだったのだ。
「リクオも……。皆が求めているからと粛粛と受け入れるだけでは流されているのと同じだ。所詮皆の望む姿になぞなれぬのだ。リクオはリクオでしかなく、ありのままを受け入れよ。そして理不尽には屈してはならぬ。たとえそれが奴良組の内部紛争を起こそうともだ」
薬の効きが悪かったのか身体を起こしたリクオがいた。
どこか悟りきった表情に、もしかしたならばリクオは牛鬼の行動を理解していたのかもしれない。
「リクオ自身を生かし、己だけの畏れを極めるのだ」
「そして特に鴆、仮にも惚れていると豪語するならリクオに付き従え。途中で果てようが本望ではないか。そなたの父や祖父は二代目とともに命を散らせたがそれが不幸だったとは思わぬ」
牛鬼の言葉が途切れても誰も何も言えなかった。
すべて牛鬼の仕組んだ事だったと怒りを覚えても良いだろうに。
周囲に座していた幹部達もいつの間にか消えている。牛鬼の作った幻だったのか。
「リクオ様……、あの、オレ」
猩影が居たたまれないといった風情で頭を下げる。
父を亡くした痛みに、ただ復讐を考えて奴良組に身を置いた事を恥じていると小声ながらに告白して、父が誇りに思っていた奴良組。それを自分も誇りにしていきたいと述べる。
「いいよ、猩影くん。ボクだって君の気持ちわかるもの」
彼が掌に爪が食い込むまで耐え、リクオ自身を傷つけない選択をした事をリクオは知っている。そして父を奪われた悔しさも。
「すまねぇ」
「鴆くん……。どうして謝るの?」
鴆の謝罪にリクオを首を傾げる。
「リクオの隙に付け入るような真似をしでかした」
せっぱ詰まったリクオに働いた無体。対処の方法はいくらでもあったではないかと鴆は自責の念にかられていた。リクオを想うならなおさらに、他を選択すべきだったではないかと。
だがリクオは鴆を責めはしなかったのである。
「あのね、牛鬼はあぁ言ってたけど。流された訳じゃないんだよ。勿論無理矢理でもなかったし。牛鬼に最後まで反対してくれて嬉しかった。端から見れば流されたのかもしれないけれど、そこにはちゃんとボクの意志があった」
リクオの言葉を全てを信じるのは愚かだろう。リクオなりに気を使ってくれているのかもしれない。
いっそ罵ってくれればケジメをつけて終われたのかもしれないのに。リクオの言葉に期待してしまうではないか。
「一つ覚えておいてくれ。オレだってその場の雰囲気に流された訳じゃない。オレはリクオに惚れてる、ずっと昔からだ」
「そ、それは……」
途端にリクオの表情が年相応にあどけなくなる。
いつの間にか猩影の姿はない。おそらく気を利かせたのだろう。
本心では奴良組を、リクオを大切に思うからこそ耐えた猩影。そして奴良組を、リクオを助けたいと思ったからこそ身体を重ねた鴆。二人の真の思いはまったく同じ、ただ形が違っただけ。
「だからリクオを抱いたのは嫉妬と自分のものにしたいっつー欲望だ」
他の誰にもやりたくなかったのだと告白すればその意味をリクオも解ったのだろう。
「鴆くんの気持ちは嬉しい。でも無理だよ」
やはりリクオの気持ちは捕らえられなかったと、鴆は落胆しつつも表情には出さない。
「だってボクは魑魅魍魎の主になるんだから。鴆くん一人だけ特別扱いは無理。……だと思う」
「そ、そうか……」
リクオが言うならば仕方ない。男は引き際が肝心だ。リクオと身体を重ねただけでも良かったと思うしかないだろう。
しかしとっくに部屋を出ていたと思っていた牛鬼が怒号とともに二人の前に立ったのである。
「ええぃ情けない。それでも男か!! 待つだけでは手に入らんと、学んだのではないのか!!」
「牛鬼……」
「鴆はリクオの初盃の相手。身体も一つ、心も一つとならばもっと大きな力を得るというのに」
もどかしいっ!!と捨て台詞の牛鬼に顔を見合わせて鴆は肩の力を抜く。
「なんか牛鬼に踊らされてる気がするけれどよ、オレの気持ちは偽りなんぞねぇからな」
もう心を偽らないと決めた。リクオを好きだと思う気持ちは何一つ誤魔化しなどないのだから。
「……ボクも、だよ」
言葉だけでは何とでも取れるがリクオの恥じらう表情は言葉以上に雄弁で……。これは少しは期待して良いのだろうか。
「でも今日学校……、休みで良かったよね」
どこか黒い笑みで微笑まれ、そうだったかと鴆は後ずさる。
けっしてリクオの畏れにのまれた訳ではないと思いたいが意外と芯のある少年なのだ。まだ未熟なだけでいつかは立派な百鬼の主となるだろう。
「もう偽らねぇよ」
心の赴くままに鴆はリクオの腕をとって、そっと唇を奪う。これからはもっとリクオの側にいるのだ。
掌に食い込んだ爪の後悔の痛みを、もう二度と味わうつもりはない……。
了
長い間お付き合いいただきありがとうございました。
いやぁ本当に長かった……。(期間が…)
締め切りがないとこうも遅筆になるものかと己を罵りたい。まぁ途中で原稿を書いた時期ももありましたが。
そしてきっと矛盾とかおかしなところもあるんでしょうね・・・。また落ち着いたら加筆訂正していくかと思います。
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