悲痛なまでの叫び声。
「や、ぁ…、鴆くん、助け……」
涙混じりの声に、リクオの理性も風前の灯火となっているだろうと推察される。第一にそれだけの薬を使っているのだ。乱れずとも我慢など出来るはずもない。
鴆はリクオの声を聞きたくないとばかりに頭を垂れる。
自分以外の妖怪がリクオを組敷くのを、ただ黙って見ているしか出来ないとは、なんと不甲斐無い事か……。
鴆は噛んだ唇に血が滲むのを自覚していた。
□■□■
目覚めたばかりのリクオの声が襖を取り払った大広間に響く。
「や、何? これ、外してよ」
御簾の向こうに設えた寝所からリクオの姿は影でしか判らないが、痛みに苦悶の表情を浮かべているであろうリクオの声を、これ以上聞いていられないとばかりに鴆は唇を噛みしめる。
身動き取れないように手足を縛られているリクオの戸惑いはいかばかりか。
握った拳に食い込む爪が鴆の掌の肉を破っていたが痛みは感じなかった。
いや、感じていたとしてもリクオの痛みに比べれば無きに等しい。信じていた部下に裏切られたと思っているだろうリクオに比べれば。
「鴆、リクオ様へ薬を」
御簾の中から指示を出す牛鬼。
今、御簾の中には目覚めたばかりのリクオと、そしてすべての準備を整えた牛鬼がいる。
「なるべく苦痛を感じないように致します」
抵抗をされては困るのだと、牛鬼が御簾の中から手を伸ばし鴆から薬を受け取る。
一瞬だけリクオの青褪めた顔が見える。怯えた眼差しのリクオと視線が合ってしまって、鴆は気まずさから早々に後ろに下がっていた。
幹部達と同じ位置まで下がり、鴆は忌々しく感じつつ様子を伺う。
特別に用意された大広間。そこには甘ったるい匂いが満ちている。うっすらと煙るのは香が巧く焚きしめられていないためだ。
まだ日が昇ったばかりで、朝の清々しい空気には、昨夜の雨に濡れた土の湿った匂いがあるのに、強く焚かれた香が邪魔をする。
思考すら止めてしまいそうな香の中で、鴆は居た堪れなさを覚えていた。
部屋には居住まいを正した奴良組の幹部が控えている。頭を下げたまま誰も口を開こうとはしなかった。
陰鬱な雰囲気。
それもそうだろう。
幹部会で、若頭であるリクオを廃しようとする声が高まり、そして誰もが明確な反対意見を出せないまま、リクオを完全な妖怪へと転生させるべきと決まったのだ。
つまり大半の妖怪がリクオに流れる四分の三の血を否定したのだ。
弱体化した奴良組を立て直す目的という大義名分の前では、夜の、それも一日の四分の一が妖怪のリクオでは役不足と判断が下ったのである。大半の妖怪は人間へ従う事に対する不安を払拭出来なかったのだろう。
例え、どれだけ夜のリクオが畏を纏おうとも、昼のリクオが立派に若頭を努めようとも。ただ人間であるという理由なだけで。
妖怪と人間はそれほど相入れないものなのだ。
本家の妖怪もほとんどが総大将からの下僕であり、リクオを受け入れはしてもやはり一線を画していたのかもしれない。
誰が言い出したのか、秘術を使いリクオを完全な妖怪と為すがためにとこうして朝も早くから座していた。いや、深夜から引き続きこの場にいると言った方が正しい。
御簾の向こうには何も知らないリクオが手足を縛られ、妖怪の餌食になろうとしている。
側にいるのは牛鬼だ。
そこにいるのは鴆であってもなんらおかしくはなかったが、鴆は幹部会の決定を受け入れられず、異を唱える意味でも、リクオに手を掛ける事を辞したのだ。
思い返せばすべて牛鬼の言ではなかったか? いや、どうだったかすら、深夜から続く幹部会のせいかはっきりと思い出せないでいる。
これから、牛鬼を筆頭に次々と妖怪達がリクオを陵辱していくのだろう。
□■□■
「本当に良いのか、鴆?」
鴆が加わらないと明言した事に牛鬼が念を押す。
「るせぇな。俺ぁ昼のリクオも認めてんだよ。あんただってそうだろうがよ」
幹部会は多数決だから拒絶しても強行されるだろう。ある意味、盃を交わした主を裏切る行為だ。しかし奴良組存続という大義名分に誰もが血迷ってしまっている。
「しかし、若頭の中に人間の血が流れているのも事実であり、それにより組の存亡が危ういとなれば致し方あるまい」
もうすでに結界は施され、特殊な呪文が唱和され始めている。夜明けとともに実行出来るよう準備は整っていた。
「俺は、加わらねぇってんだ」
リクオを無理矢理に犯すなどと、リクオから盃を受けた自分が出来るはずもない。
たとえリクオに対し淡い想いを抱いていようとも、渡りに船とばかりにリクオを抱くなどという不敬が出来るはずもないのだ。
「一番盃を受けたそなたが若頭の初めてでなくて良いと言うのならそれで良い。そなたと若頭は強い絆で結ばれていると思っていたが……」
結ばれているからこそ、裏切る行為は出来ないのだ。
しかし、せめて痛みを感じないようにと薬を処方した時点で他の幹部となんら変わらないと、リクオを裏切ってしまっている事を鴆もよく解っていた。
□■□■
居た堪れない。
どうしてこんなことになったのか。制止する術はなかったか?
リクオを完全な妖怪にするために、人間のリクオを秘術を使用した中で陵辱し続ける事でその精神を蝕み、霧消させるだととは何と惨い事だろうか……。
牛鬼の手がリクオにかかったのだろう。
「何? や、ダメだよ、牛鬼っ。皆もそこにいるんでしょ? 鴆くんってばっ、んん、」
唇を塞がれたのか、リクオの言葉が途切れる。
そして延々と続く狂宴。
鴆は、拳を畳に押しつけたまま耳を塞げずに、せめてリクオになされる一部始終を知る事で己が痛みとすべく受け止める。
愛しい主の叫び声が、リクオの声が耳から離れない。
痛みからか拒絶の叫びを上げるリクオの声。
次第に甘さを含むようになった吐息と嬌声。
牛鬼の愛撫に見も世も無く啜り泣き、絶頂への戸惑いを訴える声と呆気なく果ててしまった甲高い声。
やがて快楽に喘ぎ、貪欲に次を強請るリクオの哀願。
どうして、強く反対出来なかったのか。
どうして、初めてリクオに手を掛けるのが自分でなかったのか。
消極的な判断を下してしまった自分は心の奥底で人間のリクオを否定していたのかもしれない。
そう考えると、身体中の血が沸騰してしまいそうなほど自噴の念に駆られたのだった。
そう、この心の痛みは偽りの代償……
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