逢瀬は甘く切なく
結界は破るものだ。それをいかに察知されないようにするかが醍醐味だったりする一燈である。 そっと寺に忍び込み玄関には向かわず広大な庭へと回る。相変わらず手入れの行き届いている白砂の紋様には目もくれず歩を進めていく。 だが、もう少しで目的地というところで黄色い女の声。 「まあ、朱雀庵の若様」 式神の見咎める声に一燈は天を仰ぐ。 「旦那様ー、ハクタク様ー」 やれやれ見つかったかとばかりに肩を竦めつつどうしたものかと思案するが初志貫徹とばかりにそのまま進む。 愛しい恋人に会うのに、誰にも見つからず忍び込む事も出来ないのかと嘆息しつつも、見つかってしまえば息を殺す必要もない。 ずかずかと縁側から上がり込み時生の部屋へと向かう。 盆地特有の暑さは、風通しの良い寺の造りを嘲笑っている。 開け放しの障子から部屋を覗くとそこには珍しい格好をした時生がいた。 タンクトップに短パンという姿はアスリートに有りがちだが、普段から着崩した事のない彼には新しい一面だった。 脇腹の部分がめくれ上がっていて、今しがた『着ました』な格好は夏でもあるし、意外と彼の部屋着かとも思える。 「慌てて服着たのか?」 冷房とは無縁の部屋を考えると、額に汗する姿から見て今の姿は少々厚着だろう。 「客に失礼ですからね」 時生が客を強調してみせるのは嫌味なのだろうが一燈にダメージはゼロだ。 誘導尋問の答えからも解るように、あのまま式神に見つからなければ時生はもっと薄着だったのかもしれないと舌打ちする。 「そのままで良かったのによ」 だがこれはこれでそそる。 カチャカチャ 「ちょっと一燈さんっなにベルト外してんですかっ?」 「何ってナニじゃねーか」 「来て早々?」 「10分は待った」 「嫌です!こんな暑いのに!」 ブレーカーがショートしたので今電気工事を頼んでいるらしい。が、暑いからといって遠慮はしない。 「生足さらされ、襟元から乳首丸見え! だらしなく足開いてる時生がワリイ」 誘っているとしか思えない。 そう断言すると時生も負けじと反撃してくる。 「自分の家でくつろいで何が悪いんですかっ!」 確かに言うとおりだ。 だが。 「……我慢出来ねぇ」 時生の身体に馬乗りになって逃げられないように拘束する。 「他の者もいますっ」 時生も必死になって説得で回避しようとするが一燈には通用しそうにない。 「ああん? 式神だろうがよ。遠慮はいらねー。見せ付けてやろうぜ」 むしろギャラリー大歓迎な一燈である。たとえ式神でも時生は俺のものだと見せ付けてやりたかった。 「やっ!」 タンクトップの隙間に手を入れ素早く脱がせる。 しかし。 いただきますとばかりに唇を奪おうとした一燈の目前にある白い肌には見慣れた赤い跡があったのだ。 一燈の脳裏に嫌な仮定が映像で浮かぶ。 『ダメです! 僕には一燈さんという恋人が』 『この身体は、拒否してないがな』 『あぁんvv』 ……。 俺の前ではそんなカワイイ反応なんて皆無なのに!と、 「どこだ間男は!」 いきなりブチ切れた一燈はガラッと手近な襖を開けている。 「こんな身体に執着だなんて一燈さんだけですっ!」 蚊に咬まれ、痒み止めを塗ったらかぶれたのだという説明に一燈は間男の捜索を止める。 そして続き、とばかりに時生に迫るのだが意外と強い力で押し返された。 「ともかくこれ以上したら止めます!」 そんな時生の様子から、流石にマズイと思ったらしい。 「無理強いして悪かった。出直してくるわ」 時を止めると宣言されては仕方が無い。時生の機嫌を損ねたと気付いた一燈は仕方なく志村家を後にするのだった。 すんなりと帰ってしまった一燈に時生は唇を尖らせる。 二週間は会っていなかったから、正直会いに来てくれたのは嬉しかったのだ。ただイキナリあの行動だったし、何よりも暑い。 少しつれなかったかなと時生はほんの少しだけ反省して手元の団扇を動かした。 そんな時生の反省など露知らず、ただで引き下がる一燈ではなかったのである。 |