逢瀬は甘く切なく 2
K都の夏は暑い。よってこんな古い寺でも欄間に隠すようにクーラーだってあるし扇風機もある。 だが電気が来ていなければ全て無用の長物で今頼りになるのは己が動かす団扇だけ。 障子を開け放してはいるのだが、池を渡る風も皆無で、年代物の行灯の炎はチロリとも揺れやしなかった。 寝着の浴衣を大きくはだければ、また蚊の餌食になりはしないかと思案しつつ、蚊帳と蚊取り線香に身を委ねるしかない時生である。 暑いがゆえに眠りが浅い。 そしてつらつらと考えるのは昼間の彼。 タイミングが悪かったと思う。おまけにいきなり…なもんだから身体が目的なのかと腹を立てたのも事実だ。 甘いキスと我を忘れる程の快楽を求めないではない。彼の細い指の細やかな動きに翻弄され泣きながら請う事もしばしばだ。 何度も突き動かされ揺さぶられるだけで絶頂を迎える浅ましい身体。達したばかりの敏感な身体は新たに始まった愛撫に悦んで涙を零す。 思い出すだけで身体の奥が熱くなり、時生は紛らわすように寝返りを打って、睡魔の到来を待った。 ほんの10分ぐらいしか経っていないだろう。身体の自由が突然奪われる。 金縛りだ。 身体は眠っているのに脳が覚醒しているからで、非化学的な事を考えるのは具の骨頂だ。だがヨーマと対峙する自分が否定するのもおかしい話で。 しかしこの寺の結界の能力からするとヨーマではありえない。その証拠にカトブレパスが騒がないではないか。 しかし何物かが確かにここにいる。 何かが自分に触れてくるのだ。 動け動けと念じても指先すら動かせないのに身体に触れてくる感触は紛れも無く本物。 浴衣の帯が外され、胸を這いずるのは舌か。同時に下腹部に触れようとまさぐられていて、時生は必死に身体を動かそうと努力した。 目を凝らして侵入者を確かめようとするが一筋の明かりすらなく暗闇は何も写し出す様子はない。 先程までの月明かりが全くないなんて有り得なかった。 (こんなにもK都は暗かったか?) きっとヨーマの気配が旨く隠されているのだ。自分以上の力を持つ存在がここにいて、自分をなぶりものにしようとしているのだと時生は悟る。 (嫌だ!) 身体を自由にされる嫌悪が沸き上がる。 「助けてっ、一燈さんっ」 思わず声が出て、居ないはずの人の名を呼んでいた。こんな事になるなら昼間、意地を張って追い返すなんてしなければ良かったとばかりに。 きっと今頃は一緒に眠っていただろうと思うと昼間の自分の行動を呪いたくなる。 長く触れられていなかった身体は如実に反応を見せる。 彼以外の手で自由にされるなんて耐えられなくて、屈辱に身体が震えた。 「嫌だっ」 叫び声を上げた瞬間だった。 力強い腕に抱きしめられたのだ。その力に悪意は感じられない。 そして、術符が剥がされのが解り、周囲に光が戻る。 「悪戯が過ぎたワリィ」 聞き覚えのある声に慌てて身を起こすと、なんと目の前には自分の身体の上で不埒な行為に及ぼうとしている一燈の姿があったのだ。 おまけにその表情はどこか嬉しそうで。 それもそうだろう。一燈自身殴られる覚悟での行為だったのだ。 まさか名前を呼ばれ助けを求められるなんて思いもしていなかったので、その相好が崩れていても仕方ない話であろう。 「ひどいですっ」 普段は気丈な時生が涙目で、はだけた浴衣を合わせようとしている姿は昼間以上に一燈をそそる。 昼間、邪険にされたので意趣返しとばかりに忍び込み、悪戯してやろうと実行にまで移したのだ。 無理矢理という形でこのまま事に及んでも良かったのだが、意外にカワイイ反応を見せた時生に、偽る事自体出来なくなった一燈である。 (カワイイからいじめたいってガキだよ、俺も) 珍しく縋り付いてきた時生に、一燈は謝罪の代わりに優しくキスをした。 そして、逢瀬は甘く切なく……。 両思いの一時。一番幸せな時期ぐらい? |