君ヲ慕ウ 5




 やっと身体が回復したのは二日後の事だった。
 肉体的、精神的な疲労の結果だろうが今は不思議と落ち着いていた。
 気にかけて玄武寺にまで来てくれた一燈を想うと恥ずかしさもあったが次を期待してしまう。それだけ愛されているのかもしれないと希望があった。
 ハクタクに勧められ、広い庭を散策して戻ってくると、式神が朱雀庵から出前だと時生に知らせてくる。一瞬にして時生の表情が柔らかさを見せた。
 だがそこに立っていたのは一燈ではなく、むしろ彼の……。
 一燈の恋人であろう彼。
 柔らかそうな金茶色の髪に縁取られた卵型の輪郭に大きな瞳。長い睫毛は彼をまるで人形のように見せた。

(一燈さんには、彼がいる……)

 途端に思い出したのは彼、七尾光樹とキスをしていた一燈の姿だった。
「若から新作食べてもらえって」
 にこやかな光樹は時生にいつもと変わらない態度で応対する。
 身構えていた時生も気付かれてなかったのかと肩の力を抜いた。
 今は彼とは争いたくない。一燈との事はまだ時生自身でも整理出来ないからだ。
 そんな時生に光樹は何も持たずに近づいてくる。
「若が俺に新しいの食べてもいいって」
 新しいって何が? 食べるって何を?
 疑問に戸惑う時生に光樹は表情を変える。豹変と言っても良いだろう。
「新しいおもちゃなんっすよ、時生さんは」
 その一言にやっと意図が解る。
 新作も食べるも時生自身の事を指しているのだ。
 つまり新しいおもちゃで遊んでも良い、時生を味見して良いと一燈が言ったと言いたいのだろう。

(まさか一燈さんがそんな事を言うなんて)

 光樹の手が時生の腕を掴んだかと思うと手首に術符が巻かれる。
 細美に伝わるそれは視界を封じ動きも封じるものだ。
「若を本気にさせた身体ってコレ? 時生さんズルいっス。俺の方が若を想っているのに。ねぇ、セフレ同士仲良くしましょう?」
 身体をまさぐられ時生は身を捩る。
「いやだっ! 一燈さんっ」
 助けを求めるように叫ぶと光樹が嘲笑う。
「へー、時生さんも本気ってやつ? 格好悪ー」
 手際良く衣服を脱がされる。まるで急くかのように、破けるのも気にしないで時生の服を剥ぐ光樹。
 抵抗が出来ず、時生はただ恐怖に震えるしかなかった。
 だが、おそらく光樹は解っていたのだろう。慌てて駆けつけたらしい一燈に光樹は驚く事なく顔を上げる。
「こら七尾っ! 人のものに手ぇ出すんじゃねー」
 そう一喝する一燈に光樹は明るく笑う。だがその笑みはどこか作られたもののようで。
「へへっ、ごちそうさまでした。まだ慣れてない身体もいいもんですね」
「テメェ!よくも時生に」
 いかにも、もう終わったのだと装う光樹に一燈は怒りをあらわにしていたが、最後まで及ばなかった事が見て取れると安堵したような表情を見せた。そして時生に貼られた術符を剥がす。
「どうせ若にとって俺達はセフレの一人でしょ?」
 悪びれる様子のない光樹は一燈の腕をとり、早く帰ろうと言わんばかりに引く。
「七尾……」
 困ったような表情で時生と光樹を交互に見つめる一燈。しかし一燈は光樹を立たせると、邪魔したなと一言だけ残して光樹を連れて行ってしまったのである。


 暫くの間、状況が掴めず時生は動けないでいた。
 不様な姿で放置され、やっと身仕度を整えたところにハクタクがやってきて破れている服に驚く。
「どうなさいました? 時生様!」
「ちょっと喧嘩しただけだ」
 そう喧嘩をしたのだ。それも勝ち目のない喧嘩。
 初めから解っていたのに、奪えるだなんて思ってしまった自分に非があると時生の心が涙を流す。

(やはり一燈さんは彼を選ぶんですね)

 愛されているなんて錯覚をした自分が情けなかった。一燈にとって単なる遊び、光樹の言葉を借りるなら新しい玩具なのだ。
 セフレ同士仲良くしようと言った光樹を思い出す。とても仲良くしようという雰囲気ではなかったがセフレでもいいからこのまま一燈から見捨てられたくはなかった。

 しかし結果的に一燈は光樹の手を取り、時生を置いて去っていったのだ。

 愛されていると錯覚していた間が幸せだった分、今はとても辛い……。
 忘れられると思っていたのに、普段どおりに振舞おうと思っていたのに。

 どうして何もかもが時生の期待を裏切るのだろうか……。







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