君ヲ慕ウ 1




 カトブレパスの力を使う事なく、安穏と何年かが過ぎた。
 戦いはあっても六年前に天魔波旬の復活を許した志村に単独でヨーマと対峙させるはずもなく、大半が戦闘集団との名高い細美との共同戦線を強要された。
 時生自身それでなんら不満はない。
 ハクタクに叩き込まれた戦闘術は実戦においてもいかんなく発揮できるであろう事は解りきっていたからだ。
 ただ一つの誤算は、ヨーマを切り裂いた感触だった。
 想像以上にリアルな感触に身体の奥から嫌悪感が沸いた。



 それは初めて妖魔を倒した夜だった。
「今夜は一人になりたくないんです」
 すがるべき人物は彼しかいなかった。彼は拒否しないだろうという漠然たる確信。
「お前俺の性的嗜好を知って言ってんのか?」
「知ってます。眠りたくないし何も考えたくない…、忘れたいんです」
 意味深なやり取りの意図するところは一つ。
「そんな気持ちで男に抱かれたいワケ?」
 皮肉っぽい口調に違うと否定したかったが時生はあえて黙りこむ。
「俺にも好みってものがある」
「僕はダメって事ですか?」
「いやそうじゃ…」
 肩を落とす時生を見下ろしつつ一燈は考える。
 男同士にもルールがある。
 第一が合意。
 時生にとって、この行為はただの逃避だと一燈が気付かないはずがない。こんな場合は深入りしては危ないと一燈は知っている。
 だが手を差し延べずにはいられなかったのだ。
 一燈は己れを律する事も出来たが、時生の捨てられた子猫のような瞳に吸い寄せられるように、キスをした。


 坂道を転がるように運命の歯車が動き出した瞬間だった。








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