この想い、風に吹かれて大空へ 1
夏の暑さのせいだろうか。ニュースだと連日の猛暑日に注意を促している。 最近、僕の身体は少し変だ。ヨーマを飼っているだけではない。この変調はなんだろう。 違和感が拭えない。 夕方の少しだけ気温の下がった時間を見計らい街に出る。日はまだ陰るそぶりを見せないが、夕餉の仕度をする匂いに日常を垣間見る。 暫く歩いていると、背後から聞き覚えのあるバイクの排気音が近付いてくる。 「一燈さんっ!」 「どこへ行くんだ?」 珍しいと驚いているが確かにそのとおりだった。 「本屋のつもりですが」 「送ってやる」 どうやら仕事はシフトが入ってないらしい。 人気蕎麦屋は従業員も多く定期的に休みもあるので、自慢のハーレーでK都内を走らせていたのだろう。 僕が本屋にいる間、帰ってしまうかと思った一燈さんは表で煙草を吸っていた。僕の姿を見ると、まだまだ吸い残しのある煙草を揉み消し、 「少し歩かねーか」 と誘われ、鱧川沿いを散策する。 相変わらず背も高く、肩幅や体格も男らしい。六年前に初めて会った時、兄の様に、否、兄以上に格好いいと思ったものだ。 あれは継承式前夜の祝席の場だったはずだ。 降り始めた雨は止まず、滑りやすくなった渡り廊下で転んだ僕を一喝したのが一燈さんだった。 『男がそれくらいで泣くなっ』 叱る彼に、あの時、僕はなんと答えた? どんな姿をして誰に会いに行くところだったか……。 思い出せない。 特にあの日の前後は。 最近、記憶が前後したり、思い出せない事がある。 何かの病気なのか? カトブレパスを飼っているからなのか? ハクタクに聞けば、あの日の事を思い出したくないからだと言うし、生活に支障もないらしい。 そんなものかと放っていたが最近は忘れた事が気になった。 隣を歩く彼を盗み見る。 継承式の日まで兄が一番好きだった。そこに加わったのが一燈さんで。 憧れなのだろうか。一燈さんを見ていると心が騒ぐ。 心拍数が早くなるなんて馬鹿馬鹿しい話だ。彼も男で僕も男なのに。 しかし僕の身体は少し変なのだ。一燈さんを見ていると特に感じられる。 胸が締め付けられる感覚は不快ではなく、むしろ……。 もう少し一緒にいたくて、寺まで送ってもらった礼にと、飲み物をすすめ、ついでにと食事に誘う。 もっと一燈さんと話がしたかったのだ。 僕の身体も心もいったいどうしたというのだろう。 徳田の料理はK都ならではの食材を使った創作和食だ。膳料理の前に出される食前酒に手を出すつもりではなかったらしい一燈さんがしまったとばかりに呟く。 「うっかり飲んじまった」 タクシーを呼んでくれという一燈さんを僕は引き止める。 「是非泊まって行ってください」 ハクタクが反対していたし一燈さんも渋っていたが僕の粘り勝ちだった。 帰れないなら我慢する必要がないと一燈さんの盃が次々と空けられる。 「酒、運ばせろ」 少し機嫌が悪いのは気のせいか。 式神にもっと用意するように指示して最後の酒を注ぐ。 「一燈さんは好きな人いらっしゃるんですか?」 唐突に口から出た。 しまった。 怪しまれないだろうかと顔色を伺うが一燈さんはどこか遠い目をしている。 「親が決めた婚約者だけどな、一目惚れした」 チクリ。 「そうですか」 にこやかに流すが胸に棘が刺さるような感覚。 「あの、僕見てきます」 チクリ。 なんだろう。この痛み。式神が遅い事を理由に僕は逃げだしていた。 しばらくして部屋に酒を運ぶと一燈さんは突っ伏していて微かな寝息が聞こえる。 「一燈さん?」 寝ている彼の整った顔を見つめる。 6年前よりも髪が長くなった。いつも口が悪いけれど優しくて世話好きな彼。 切れ長の目、薄い唇。 見ているうちに、男女のように一燈さんにキスしてみたい衝動が湧く。 馬鹿な。男同士で変じゃないか! 駄目だと自分に言い聞かせるが身体は無意識に一燈さんに触れようとする。 何分ぐらいそうしていただろうか。気付けば、キスしてしまいそうな自分がいて、僕はその場から逃げ出していた。 男同士で何をしようとしていた? 僕はどうしたんだろう? 考えれば考えるほど頭が痛い。 何か思い出しそうな感覚、ふわりと宙に浮くような…。 僕は……、 僕は? 続きます。 |