終わらない物語 1




 パルミエ王国唯一の教育機関では、人材育成にも余念が無く、特に国の中枢を担う人物は幼い頃から選別され教育を施される。
 そして幼等部、初等部と続く中等部。ここにくるまでに随分と篩に掛けられ特別クラスともなれば将来のパルミエ国王候補が内定された。
 将来の王を選ぶ目的もあるため、特別クラスでは心身ともに秀でた者達が選別されるのだが実はまだまだ数は多い。
 ただし全ての課程を終えて特別クラスに残っている者がいない時もあるのでその内容がどれだけ複雑なものか想像できよう。
 一握りの者だけが王子として、さらに国の中核を担うため日々研鑽につとめ、最終的に現国王が適任と判断を下して譲位となる。
 ナッツはそんなまだまだ大勢いるが特別クラスに推薦され、自分の知識が認められたのだと少々誇らしくもあった。
 同じ初等部からの学友が話し掛けてくる。彼は特別クラスに選別されはしなかったがナッツとは読書の趣味が合うため、無口なナッツに何かと話し掛けてくるのだ。
「おい、ナッツ。特別クラスにはあのココもいるんだとよ。羨ましいなー」
 うっとりと宙を見つめる彼が言った人物に心当たりなどなくナッツは首を傾げる。
「ココ?」
 国立図書館の常連ではなかったはずだが、もしかしたら読む側ではなく書く側の者かもしれない。
 自分が読むジャンルではないだろうがそんな有名な著者がいるならそれはそれで楽しみだった。
 そんなナッツに友人は呆れたように笑う。
「ホントお前は本だけだな。現実を見ろって。あのココだぞ。可愛くってキュートでプリティと評判のココ」
 ハートマークでも飛び出しそうな勢いにおおよその見当がついた。つまりカワイイ子が同じクラスで羨ましいという事なのだろうが、ナッツにしてみれば一気にテンションが下がる。
「ほぼ同じ意味じゃないか。まぁ他人なんかに興味はないな。同じ特別クラスなのだというなら、同じ立場の次期国王候補というだけだ」
 しかしナッツとて男であるからしてほんの少しは興味も湧く。
 それだけ可愛いと噂なのだとしたら、銀色のような金髪の長いストレートヘアで瞳の色は切ない菫色。手を口元にあてて笑う様子はどんな可憐な花ですら恥じらうほどの愛らしさなのだろう。
 ナッツはそんな少女を想像していたのだが、友人が差した先には黒髪のくせ毛は落ち着く事無く跳ねていて、ハーフパンツからのぞく膝には絆創膏。喧嘩でもしたのか泥だらけで、どこからどう見てもやんちゃな少年がそこにいた。
「あれがココ?」
「そう! もうっカーワイー」
「一度眼科に行ったらどうだ。いや、精神科でも構わんが」
「ひどっ」
 何やら抗議していたが悉く無視して、持っていた本を開く。しかしナッツも始めこそは字を追っていたのだが、何時の間にか遠くで友人達に囲まれるココを盗み見てしまっていた。
 確かに少年としては可愛い部類になるだろう。ベビーフェイスと称されるものだ。
 友人が可愛いと大絶賛していたがはっきり言って全然可愛くない。と、いうか相手は男じゃないかとナッツは友人を哀れにすら思う。
 渦中のココと言えば取り巻き達にちやほやされている。椅子を引いてもらったり、飲み物を差し出されたり、荷物を持ってもらったり……。
 またそれを甘受しているようで、そんな行動は男らしくないとナッツは本へと視線を戻す。
 次期国王候補として、日々己れを律するべきではなかろうかと考えるナッツはあんな奴に負けたくないと初めて競争意識が芽生えていた。
 あんな、人気だけで男の風上にも置けないような浮ついた雰囲気の子供にこの国を任せる訳にはいかない。
 そして、もし国王になったあかつきにはパルミエ王国を今まで以上の平和で誰もが安心して暮らせる美しい国にするのだ。



                           *******




 先程、転んで怪我をしてしまった膝がまだ痛いとココは思い出しては涙目になる。
 大勢いる友人たちがあれこれと世話を焼いてくれて、気分直しにとジュースを持ってきてくれたり擦り剥いてある手の平も痛いだろうと荷物も持ってくれているので多少は慰められもしたのだが、痛さは誰にも代わってもらえないし痛いものは痛い。
「最有力候補はやはりココ様とナッツですね」
 自称親衛隊の幼なじみはナッツを指差す。
 ココにしてみれば痛さでそれどころではなかったし、美形と噂されるナッツに興味はなかったのだが、実際に見てみると確かに見目麗しくいつまでも見ていたくなる少年がそこにいる。
 濃い金髪に碧眼でないのは残念だが、光の加減で茶色というよりグリーンにも見えるヘイゼルの瞳だ。
 今までどうして出会わなかったのだろうと、あれこそ理想の王子様だとココの胸はときめいていた。
 ココ自身、見た目なんか関係ないと己れの身形も含めて考えていたのだが、ナッツのその姿はココの心を捕らえて離さない。
 思い立ったが吉日とばかりに、ココは痛さも忘れてナッツの傍に駆け寄る。
「ナッツ! 初めまして。僕の名前はココ。突然だけど僕とデートしてくれないか?」
 そんな突然の自己紹介とデートの申し込みに是という者がいるはずもなく、案の定ナッツも形の良い眉を寄せる。
「……お前みたいな浮かれた奴が次期王候補だなんてな」
 冗談じゃない。そう言って本を音を立てて置く。
「男同士、何が悲しくてデートなんかするんだ。勘弁してくれ」
 立ち上がったナッツの背の高さにうっとりするよりも、ココはナッツの一言に大きな目をさらに見開く。
「お、男?」
 間違いなくナッツは『男同士』と言ったのだが、その言葉にココは動けなくなっていた。
 確かに一人称は僕で通しているが、それは男の子を欲しがった父の影響であったし、こんなボーイッシュな格好をしていても父の望みだ。
 何よりも周囲のボーイフレンド達を見てもらえれば解るように、人並みに可愛い女の子だという自覚のあったココなのである。
 それが全て否定されたうえに、一刀両断に断られ大きな瞳に涙が浮かぶ。
 だが、そこで負けるようなココではなく、持ち前の勝ち気さからナッツを睨み付けていた。
「ナ・ナッツのバカッッ」
 ココは右の拳を捻るようにナッツの顔面に向けて繰り出し、またそれがクリーンヒットしたのだった。
 

 二人の出会いはまさしく最悪だったのである。





己の欲望のままにナツコ子。人型基本のパラレルファンタジーラブストーリー。つくづくTS好きだなーと自嘲しつつ、茨の道のさらに茨道を邁進中。



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