終わらない物語 2




「ナッツのバカッッ」
 目の前の少年がそう言い放ったかと思うとナッツの左の頬になんと右ストレートが直撃していた。
 ちょっと待て。どうして俺が殴られなければならない? それも思いっきり拳で殴られたのだからナッツが固まってしまうのも無理はない。
 ふざけた申し出を断っただけで何故殴られるのか解らないというナッツの気持ちも当たり前だろう。
 睨み合う事、十数秒。
 そして次の瞬間、どうして自分だけが殴られなければならない? という思考のままにナッツはふつふつと湧いてくる怒りに任せて左フックをココにお見舞いしていた。
 普段は重い物など持たない自分の拳が他人に当たるとは思っていなかったので、ココを殴った時の感触に違和感を覚えつつも、案外遠くに吹っ飛んでしまったココにざまぁみろと優越感に浸る。
 どうせすぐに起き上がって殴り合いになるだろうとナッツはファイティングポーズを崩さなかったが、ぐったりとしてしまったココにさすがにガードを下げていた。
 この勝負自分の勝ちだと、男らしくココに手を差し伸べるが、ココは一向に起き上がる様子がない。
 ノックダウンKO勝ちも、ココの様子に不安になってナッツはココの傍らに膝をついて抱き起こす。
 そんな中、気が付いたのはココの伏せた睫の長さだった。そして甘い匂い。これはきっと菓子類を食べすぎているからだろう。唯一現実感があったのは、抱き起こした時の軽さだった。
 確かに男にしては可愛い部類に入るのだろう。ただし自分の基準からは大きく外れるから、他の奴のようにちやほやする気持ちが理解できない。
 それでも取り巻きが大勢いるのは見た通りなので、次期国王最有力候補というのは嘘ではないのだろう。
 どうして起こそうかと考えていると遠くから叫び声が聞こえてくる。
「ココ様ーっっ」
 お付きと親衛隊達がやってきてぐるりと囲まれる。口々に何か捲くしたてているので聞き取れないが非難には間違いないだろう。
「まさか、お前がっ」
 ナッツは突き飛ばされ、ココを抱いていた手をまるでバイ菌か何かのように振り払われる。
「こいつが先になぐりかかってきたんだ」
 正当防衛だと言うより先に、お付きの者が半狂乱で話にならない。
「お前、ココ様になにかしたのか!」
「バカじゃないのか。付き合ってくれと言われて断ったら殴られた。こっちが被害者だ」
 爪の先程も非は無いという自信があったが、どうもココ派の者は直情型が多いらしい。
「よくもココ様の恋心を踏み躙りやがって」
「冗談じゃない、ココにも寝言は寝てから言えと伝えておけ」
 何が恋心だ。男同士でバカじゃないのか? 迷惑だ! と、ナッツの言葉にお付きの者も何か言おうと口を開きかけたのだが、目を覚ましたココに止められる。
「……もう、良い。解ったよ、ナッツの気持ちは。今日のことは水に流して、これからは次期王候補として正々堂々戦おう」
 真っすぐに視線を合わせたココのスカイブルーの瞳が印象的だった。
 迷惑かけて悪かったとしおらしげに謝罪するココにナッツが頷いていると、お付きの者がココを横抱きにしようとしているではないか。
「ちょっとおろせって!」
「駄目です。ココ様の身体は将来この王国の未来を担う大切な子供を宿すお体なんですから」
 暴れるココを諭す従者の図であったが、その馬鹿馬鹿しさにナッツは脱力していた。
 主人がバカなら付き人もバカなのだろうか……。男が子供を宿すはずがないと声を大にして言いたかったが、馬鹿の相手はするだけ無駄というものだろう。
 それにしてもココに心酔するあまり、不可能な事は無いとでも思い込んでいるのか、もしくはパルミエにはそんな人種もいるのかもしれないと、ナッツは深く考える事を放棄した。


                     ********


 お披露目の儀と呼ばれる、通常で言う進学式。特別クラスともなれば一足早く大人として認められるため初の社交界入りと言っても過言ではない。
 そしてこの儀式は国王臨席のもとで正式に次期王候補として認められるという名誉あるものなのだ。
 良家の男子が必ず籍を置くパルミエ王国正規軍の正装は白を基調として些か華美なものであったが、そんな堅苦しい正装をナッツは見事に着こなしていて周囲の視線を集めていた。
 まるでナッツのためだけにデザインされたかのような衣裳は、ナッツを一際目立たさせている。
 そんなナッツも、別に探すつもりはないと言い訳しつつも、つい周囲を見渡しココの姿を探していた。
 今年は有能な人材が多いらしく、同じ正装をした特別クラスの者が集まっていると、その人数のせいでまるっきり見分けがつかなかった。
 別にココを探す理由などないと、ナッツは始まった儀式へと意識を集中することにしたのだった。
 玉座の前に一人ずつ呼ばれ、次期国王候補としてまずは正規軍の指揮権を示す元帥杖を受け取るのだが、ナッツはそつなくこなして周囲の称賛を一身に集めたのだが、それ以上に周囲を魅了した者がいたのだ。
 淡いブルーの色をしたドレス。流行のデザインは細いウエストをさらに際立たせている。どんなに女性達が望んでも手に入らないような細さだ。まだ凹凸の乏しい身体は華奢そのもので、黒髪はカールされ、短い髪型を隠すようにふんわりとアレンジし咲いたばかりの薔薇が飾られている。
 青い瞳はスカイブルー。ナッツはこれ以上に愛らしい女性を見た事はないとその一挙一動を見つめていた。
 見惚れていたと言ってもあながち間違いではないだろう。
 彼女が元帥杖を受けた事で、同じ国王候補なのだと感心していると何故か親の仇のように睨まれたのだ。
「ナッツ、お前だけには負けないからな」
「ココ……?」
 一瞬にして、愛らしい女性の正体がココだと解りナッツは表情を失っていた。
 どうしてお前がそんな格好をしているのかと聞けず、無言のままのナッツは周囲にクールな男だと印象付けたがナッツの内は決してクールではいられなかった。



 思えばそれが恋の始まりだったのかもしれない。





そんな感じでコ子でした。この後、紆余曲折を経て結ばれる・・・ハズ。
女体化はあまり需要もないだろうしでこの辺で。



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