君と僕の温度差 9




 見上げる瞳の色は、スカイブルーから深海の蒼へと恐怖という脚色を加えて変化していた。
 こんな視線で見つめられるだなんて思いもしなかった。
 パルミエを滅亡に追いやった時でさえココのスカイブルーの瞳は希望と信頼に輝いていたというのに……。
 気が付いていないだけで、身体を繋げた時もこんな瞳をさせていたのかもしれない。
 いつだって自分が見ていたのはココの背中だった。顔を見るのは意識を飛ばし気を失っている時だけ。
 こんな行為を強いているのだから当たり前だと思うが、言いようもなく悔しくて悲しいと感じている自分がいる。
 こんなにも自分がパルミエの事を考えているのに、ココは他の者に心を移し、さらには身体までをも交えている。
 こんな世界にいるからだと不測の事態だと納得し、元の世界に戻ればいつものココになって自分の所に帰ってくると確信があるのに。
 そして自分も昔のようにココを見る事が出来ると思っているのに、この世界のこの人型は、すべての思考を壊す。
 キスをしたり身体を繋げたり、そして力任せに乱暴に扱ったりするつもりではないというのに、身体はココを、小々田を求める。
 それなのにココの関心は他にあって、パルミエの事など二の次にしているのが、見ていてもどかしくて悔しくて……。
 いつだってココは俺のものにはならない。それは今も昔も変わらなくて、せめて身体だけでも俺のものにしてやりたかった。
「全て忘れさせてやる」
 ココの身体を押し倒し、行動だけでなく途中から思考までもが暴走してしまっている自分を自覚していた。






 いつの間に起きて出ていったのだろう。無意識に柔らかく温かい存在を求めて人とは違う小さな身体を探す。
 いつもなら大きな尻尾に顔を埋めるようにして眠っているというのに、寝床には温もりすら残っていなかった。
 後悔の中、店を開けて客の応対をしながらココの帰宅を待つ。次の商品の事を考えようにもココの泣き顔が目に焼き付いていて良いアイデアなど浮かぶ訳がない。
 帰宅を待つ時間は無限ではないというのに、まるで無限ループの中に迷いこんだような錯覚を覚えていると店の扉が勢い良く開く。
「たっだいまー」
 のぞみの声に顔をあげると、後からプリキュア達が口々に挨拶しながら入ってくる。
 いつものぞみの鞄に隠れて帰ってくるココがいつ鞄から顔を出すのかとやきもきしているとその鞄からは家庭科の宿題だという布の固まりが引き摺り出され、それを囲い少女達が笑いだす。
「今日は職員会議があるから部活も休みなのよ。もちろん生徒会もね」
「図書室も今日は閉館なの」
「あっ私はレッスンがあるんでもう帰りますね」
「りんちゃんは今日お手伝いないからゆっくり出来るんだよね。じゃあお茶はえっとー」
「ナッツさんのを含めて五人分よ」
 どこに向かって発信されているか解らない少女達特有の纏らない会話でも、ココが一緒でなかった事は解る。
「また会議なのか? 連日帰宅も遅いし、毎日会議でもなかろうに」
 少女達のために飲み物の用意をしていると、手伝いましょうかとこまちが顔を出す。
「いったい誰とだ。まったくいつだってそうだ、あのお人好し」
 独り言のつもりだったのだが、こまちがくすっと笑みをこぼした。
「それって嫉妬のようですね」
「嫉妬……?」
 そんなバカな。あいつは尊敬すべき友人であって嫉妬など介在する余地のない関係なのだ。こまちの言葉が間違っているのだろう。
「誰にでも慕われる愛すべき存在。向こうでもこちらでもそれは変わらないとなれば焦る気持ちも解るわ」
「違う。アイツがもっとピンキーの事を考えて、パルミエ復興に真剣になれば……」
(そして俺だけを見てくれたら)
「そして俺だけを見てくれたら……、かしら?」
 まるで心を読んだようなこまちの言葉が紡がれる。
「無理でしょうね。だってナッツさんは言葉が足らないし、ココさんの心だって射止めていないんでしょう?」
(その通りだ。ココの心は他にある。ちょっと待て、それじゃあ俺はココの心を欲しいというのか? それじゃあまるで……)
「恋愛って本の通りにはならないんでしょうね」
 にっこりと微笑むこまちの言葉にピースが繋がっていく。
 こんな感情はいつも任務にあけくれていた自分には皆無で、読書ジャンルからも大きく外れていた。
 だが少女達の方がより近いものとして答えを導きだせたのだろう。

(そうか、俺はココに恋愛感情を覚えていたんだ)

 本で知識はあっても、実際に思考の大半がココが占めていても気が付かなかった。
 恋愛だなんて笑ってしまう
 親愛の感情、尊敬、憧憬、それらを全て混ぜてもまだ近付かない。
 独占したくて、男同士なのに睦みあいたいと思うのは、苛立ちや欲望だけではなかったのだ。
 好きだからこそ発生した感情。好きだからこそ欲望を覚えたのだ。
 ココもけっしてパルミエ王国復活を蔑ろにしていた訳ではないのに、勝手にこじつけて納得して責めていた。
 すべて俺の知識不足と経験不足。
 だが今までの事を思い返すと急に薄ら寒くなる。
 いったい自分はココにどんな仕打ちを強いていたのかと考えて、決して愛情に満ちたものでないと断言できたからだ。

 帰宅したなら心から謝ろう。
 そしてココの愛を請おう。


 やっと解決したと思ったのに、その日からココは帰らなかったのだ。








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