君と僕の温度差 5




 順調に商品がはければ、プリキュアに世話になっている意識も薄らぐ。最近は客もついて暇な時間が減ったぐらいだ。
 あれからココはいつでもこちらの求めるまま相手になってくれた。
 ベッドでも、リビングでも、店舗だろうと……。場所も時間も、おかまいなしに求めてもココは渋々ながらも応じてくれる。
「……ココ、」
 朝、身仕度途中のココを捕まえて、その右手を取ればこちらの意図は伝わる。恥ずかしそうに頬を染める彼を導くのは過ちという迷宮。
 いつもならそのまま行為に及ぶというのに、今朝は眉をしかめて拒絶しようと手を振り払う素振りを見せた。
「いやだ、遅刻するっ」
 時計はいつもココが出ていく時間に迫っていて、チラリと視線をやるココに憎悪にも似た感情を覚えてしまう。
「約束、だろう?」
 拒否権など無いとばかりに、椅子に腰掛けるとココも諦めたかのように跪く。
 青い瞳の目前にはすでに欲望が形を成していて、目を逸らしつつもココは手を動かし始める。
 早く終わらせようと集中する様子を見つめて、とても満足だった。
 ココの思考を歪曲させた結果がこれだ。
 パルミエ復興のためにはプリキュアの協力が必要で、プリキュア達の好意を一瞬たりとも失う訳にはいかないから、親友である自分の機嫌が悪くなって失礼な態度をとらないようにしなければならない……。そう歪曲させたのだ。
 だが、本当のところはどうなのか。
 そもそもココを見ているとどうしてこんな気分になるのか。
 説明のし難い気分は、小々田の姿である事に由来するのかそれとも別にあるのか……。
 快楽の渦の中で思考も止める。
 こうして時間ギリギリになればココが困るのだがそれすらも快感だった。ココを自由にしているという優越感。
 パルミエで彼を慕っていた者達の事を、そしてもっともっと祖国の事をココは考えれば良いのだ。
 この人間界なんて仮初めの事に現を抜かす暇など与えたくなかった。




 ココの手を汚し、それでも遅刻させる事なく送り出して店を開ける。
 午前中から暇な客達が訪れ、午後はサンクルミエール学園の生徒達がこぞって訪れる。
冷やかし客もあるが、確実に商品は捌けていった。
 このままで行くと品薄になる可能性もあるから近々材料の仕入に店を休まねばならないだろう。
 そろそろプリキュア達とともにココが帰ってくる時間だ。
 わざわざ疲れる姿で、教師だなんて欺瞞も甚だしい。パルミエとこの世界とは違うというのに……。仮の姿でも真剣に取り組んでいるココ。
 早くピンキーを集めてパルミエを復活させ、そしてあの王国へと帰ろう。この世界はとても住心地が悪くて、そしてこの身体は予想不可能な行動へと駆り立てるのだから。
 もう少しで帰ってくるだろうと時計に視線を向けた瞬間、ふいに電話が鳴る。
『小々田先生の御家族ですか? 実は小々田先生が倒れられまして、えぇ、意識はありますが病院より自宅に運んでもらいたいとおっしゃられるので』
 電話の内容に自分がどうやって受け答えをしたか覚えていない。ただ受話器の向こうの声がやたらと耳の奥に残っていた。
 ココが倒れたというが、まさかナイトメアに襲われたのだろうか。それとも何かの病気なのかと焦る気持ちで帰りを待つ。
 扉を開けて周囲を見渡していると、一台の車が横付けされ運転席からはジャージを着た体格の良い男が現われて深々と頭を下げた。
「すみせん、朝から小々田先生の顔色が良くなかったのは承知していたんですが、ただの過労だとおっしゃられて。無理をなさってたのか今日の授業が終わられると同時に……」
 後部座席を開けてココを運びだした同僚教師は軽々とココを運ぶ。
「先程までは起きてらしたんですが、どうやら今は眠っているようなので。寝室はどちらですか?」
「結構です。その辺に置いておいてください」
 元の姿でなら運べるからとは口には出さなかったが好意を辞退して男を観察する。
 自宅まで送ってくるうえに、体調不良を察する間柄……。どう贔屓目に見てもココと親しそうで気に入らない。
「ココ……、小々田とは親しいのか?」
 つい、聞かなくても良い疑問が口を衝いて出る。
「それはこっちのセリフです。確か小々田先生は一人暮らしで、家族は田舎に住んでいるとおっしゃってたんですよ。見た目も似ていないしご兄弟じゃないですよね?」
 どんな関係か聞きたいらしい同僚教師に優越感にも似た感覚を覚えていた。
「同郷の昔馴染みだ」
 語弊はあろうが、おおよそでは当たっている。
 ココとお前は根本的に違うのだと言いたい気持ちを押さえ、さぁお前はどうなんだと睨み付けると男は破顔してみせた。
「単なる甘党仲間ですよ、たまには酒も飲みますがね。あっ申し遅れましたが私、同僚で学年主任をしています、……」
 続いて担当の教科だとか並べ連ねられたが一切耳に入ってこなかった。
 そうか、こいつがココとの会話に出てきた主任かと警戒心が募る。明らかにココに対して好意を抱いているのが解って気分が悪い。
 パルミエでもそうだった。
 いつもココの周りには彼を慕う者達で溢れていた。こんな異世界に来てまでもココは他者を惹きつけて止まないだなんて。
 一朝一夕に現われた奴にココを渡せるはずもなく……。
「そこのソファーにお願いします」
 有無を言わせずに手近なソファーを指差すと学年主任と名乗る男も渋々ながら引き下がる。
 追い返すように扉を閉めてココの様子を伺うが確かに具合が悪そうだった。
 熱でもあるか浅い息を繰り返していて、うっすらと目蓋を開けたかと思うと安心したのかココは元の姿に戻る。
 必死になって人間の姿を保とうとしたのだろう。安堵の表情で微かに笑みを浮かべた小々田の姿が目に焼き付いていた。それと同時に身体の奥で残り火が燃え上がる。
 それは馴染みの感覚……。

(あぁ、本当にココを見ているとおかしくなりそうだ)

 元の姿に戻らなければ、体調不良などおかまいなしにそのまま押し倒してしまうところだった。
 幸い獣姿に戻ったココをそっと抱き上げて部屋まで運ぶ。日頃の心労からかもしれないが、人間でいる事がどれだけ負担になっているか……。
 人間の身体になんてなれなければ良かったのに! そうすれば、ココに対してこんな衝動を覚えることもなかったし、ココが倒れる事もなかったはずだ。
 一刻も早くピンキーを集め、そしてココが小々田として生きる必要の無い世界へ戻るのだと決意を新たにした瞬間だった。







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