君と僕の温度差
もうすぐ深夜だ。時計の針の音が部屋の中に響く。 待つのは正直苦手だ。アイツが俺を待っている時間も相当長かったが、アイツだからこそ耐えられたのだろう。 見た目とは裏腹に芯の強い、そして広い心を持っている。ココはそんな奴だ。 『仕方ないだろ、付き合いってものがあるんだ』 今夜は遅くなるというココに腹が立つ。 『ナイトメアが来たらどうする』 いつどこで襲ってくるか解らないうえに、奴らの気配もビンキーの気配も読めるのはココだけだというのに。 『その時はちゃんと抜けてくる。ここで生活するにはそれなりに適応もしなくちゃならないんだ』 今夜は同僚との飲み会で遅くなる。先に寝ていてくれ。そう、言い残して出勤したココ。 この人間界の生活を始めてから、ココとは言い争いばかりだ。 学校の教師なんて、自由のきかない仕事なんて止めれば良いといえば、生活のためにお金がいるってナッツは知ってるだろうに……。なんて呆れ顔で返され、あげくにはこの店の維持費だっているんだと吐き捨てられた。 社会的立場は重要で、この世界での臨時教員という職を失う訳にはいかないと、さも正論のように言ったココはこうして酔っ払って目の前で倒れている。 「たらいまー」 まったく呂律が回っていないココ。頬が赤く、服も乱れているような気がするのは気のせいではない。 「ナッツーぅ、たらいまれーす」 何やら気持ち悪い笑み。 おまけに、にやけた顔が見苦しい。 「早く寝ろ。明日も仕事なんだろ」 「うーん、ここで寝るココ〜」 その顔で言うな!と、文句の一つも言いたかったが、今は何を言っても無駄な状態なのだろう。 「仕方ないな。元の姿に戻れば部屋に連れていってやる」 首根っこを掴んで運び、そしでベッドでなくダンボールの小屋に押し込めてやろう。それがココにはお似合いだ。 さあ、戻れ! と、ココを見るが相変わらずにやけた顔で今にも眠りにつきそうだった。 「えへへ、実はさー、元に戻れなくってぇ」 ココ曰く、以前にもこんな事があったらしい。 アルコールという物が代謝機能を狂わせるらしく、うまく変身出来なかったり元に戻れなくなったりするという。 「よし、解った」 何かショックを与えれば元に戻るだろう。と、いう事で……。 「イタイ、ココー」 踏み付けてやっても、ココは人間の姿で身を捩り悶えるばかりで一行に元の姿には戻りはしない。 諦めてココを担ぎ上げ、割と肉付きの良い身体を運ぶ。元の身体とは違って固い身体。それを二階に運ぶのも一苦労だった。 「なっつー、重いだろー?」 やっとの事でベッドに放りこむが、いつもならこれぐらいの衝撃がかかれば元に戻るというのに相変わらずココは人間の姿のまま。 「……覚悟しろよ、ココ」 この姿になるようになってから、パルミエにいた時とは違う衝動が起こる。 特にこいつを見ていると、だ。 「どこまで我慢出来るか試してやる」 先程から身体を駆け巡る衝動。この衝動が性衝動というものらしい。 てっとり早く知識を仕入れるために片っ端から色々な文献などに目を通す中で得心したのだがそれがどうしてココに対してなのかは解らない。 普通は雌に対して起こるものだから、もしかしたらココは雌だったという事も考えてみたがやはりココと自分は雄同士。 単なる同族意識かとも思うが、イマイチ説明できるものではなかった。 ただ、閉鎖された空間に、この場合は人間界という特殊な空間で目的を同じくしているうちに親愛の情が生まれるのは決して不思議ではないらしい。 つらつらと大義名分を考えつつも、やはり酔ってしどけなく肌をさらすココはとてもそそられる存在で。 (こんな事をしている場合ではない) そう思えば思うほど、ココから目が離せなくなる。シャツのボタンをまた一つ外して白く滑らかな素肌に手を這わす。 「元の姿に戻ったら止めてやる」 つまり、元の姿に戻るまで続けるぞと仄めかしてもココの耳には届いていないようだった。 ココの事だから多少痛め付けても文句は言わないだろう。むしろこの状態で覚えていられるかどうかも怪しかったが……。 服を脱がせて自分も全て脱ぐ。 「ナッツなら良いよ……」 潤んだ瞳のココ。どうせこれから何が行なわれるか解っていないだろう。 この姿から戻らないならちょうど良い。痛いだろう行為を強いても最後まで興をそぐような事もないだろう。 色々と理由をつけても身体は正直で、俺は考える事を止める。 そして……。 背後から腰を高々とあげさせて、決して今まで感じたことのない衝動に身を任せたのだった。 痛い。辛い。苦しい。 いくら感覚が鈍っていてもまるっきり皆無という訳ではなかった。 アルコールの覚めた身体は、今になってやっと元に戻っている。隣では同じく元の姿で眠るナッツ。 いつかこんな日が来る事を望んではいたけれど。少し自分の思っていたのとは違う。 (これは、ナッツにとってはただの性処理だ) 人間界に長くいて、人間の姿でいれば自然と影響される。それを早々に学んだ自分とナッツには深い溝がある。 ずっとずっと待ち望んでいたナッツ。これが恋愛感情だと知るための時間はたっぷりあった。 しかし、王国を復活させるという目的があるのだから、こんな感情は邪魔でしかない。 だからナッツは何も気付かないで良い。 『ナッツなら良いよ…』 そう言ったのは僕の本心で、本当は王国なんてどうでも良い。ナッツと二人で過ごせるならそれで良かった。 でもそんな言葉は永遠に封じて、ナッツの目が覚めても普段どおりに振る舞うのだ。 痛いも苦しいも何も覚えていないフリをして。昨夜ちゃんと帰ってきたみたいだな? と笑っていよう。 ポロリと落ちた涙を見られないように拭って、僕はもう一度眠りにつく……。 すれ違い、勘違いで。肉体的ナツココ。精神的にはココナツ? ナッツとココが両想いになるまで続くかも……です。 うちのナッツはツンデレどころかツンツンだから、ココに優しくするとか想像できなくて典型的な亭主関白くさい気がします。 |