嘘つきな唇 3





 僕は去っていく馨の背中を見つめる。
 今日もまた馨は放課後に先に帰ってと言い残し、呼び出しに応じて行ってしまった。
 待っててやると言うと何故か困った顔を見せて、そんなんじゃないだろう? と不満に唇を噛む。
 そこは、照れ臭そうに『すぐに終わらせるから待っててよ』と言う場面じゃないかと考えるのだが、馨は期待した行動を何一つ取ろうとはしなかった。
 また呼び出されて、苛立ちながらも出掛けていく馨。
 この頃、馨が告白される回数が増えたような気がする。
 見た目が同じだから、半々であろうはずなのに馨ばかりが呼び出されている。それは見た目だけじゃない何かが差となって表れている証拠で僕の心を乱す。
 それでも、馨に対する嫉妬などはなく、単純な好奇心で僕は馨の後を追っていた。
 もしかしたら今日馨を呼び出したのは先日と同じ人物かもしれない。あの三年女子。馨を殴る身の程知らず。
 だとしたら結構しつこい女だと僕は肩を竦めた。
 どんな子だろう。案外自分を知らないんじゃないか? よく居る、自分はカワイイだなんて思い上がってる女かもしれない。
 もし、また馨に何かするようなら一言言ってやらねば気が済まない。自分達の貴重な時間をこんなことに浪費させるなんて万死に値する。
 そんな『兄』的な考えに支配されつつ馨の行動を見守っていると、ベンチに腰掛けた馨の傍に男が来て腰を掛けたのである。
 邪魔すんなよ。これじゃあ女の子が来れないじゃないかとイライラする僕だったが、その光景からおかしい事に気が付いたのだ。
『まさか、馨を呼び出したのは男?』
 何か話している様子は、喧嘩で呼び出されたものとは違う。こんな人気のないところに呼び出して、まさか男が馨に告白をしているのか?
 見てしまった光景に動揺しつつ、放課後の教室へと向かう。
 2Aと書かれたその教室では入院したクラスメイトのお見舞いの品と花の選定、さらに誰が行くか話し合われていた。
 勿論、そんな音頭を取る人物は一人しかいないが、その人物を僕は呼び出す。
「なんだ、光? お父さんに相談かにゃ?」
 高いテンションはこの間のミーティングでは見られなかったが、僕が来た事に喜びを隠せないようだった。
「あのさ、殿……」
 今し方見た光景を環に説明する。
 馨が男に呼び出されて告白されているようだと言うと環は拍子抜けたように答える。
「あー、そうだな。馨は同性にモテるんじゃないか?」
「嘘! 馨はそんな事一言も言わないのに!」
 言いたくないんだろうな。と、訳知り顔の環に、皆も知っている事実なのだと僕は気が付いた。
「……でも僕と馨は同じ顔で、それを見分けるなんて」
 自分は今まで男になんて告白された事などなく、馨ばかりが同性に告白されているとなると顕らかに『光』と『馨』の違いを彼らに見分けられているのだ。
「お前達気が付いていないかもしれないが、少しずつ違ってきているんだ。このホスト部に入ってから、お前たちの個性が少しずつな」
 だからと言って馨が男にもてるだなんて考えたくもない。
 その場を逃げるように辞して迎えの車に乗り込むと馨を待たずに帰宅する。冷静になる時間が必要で、今すぐ馨の顔を見れなかったからだ。
 そして僕が屋敷に付いて10分もしないうちに馨も帰宅する。
 おかえり、ただいま、そんなたわいもない日常会話が途切れたのを見計らい馨へと質問を投げ掛ける。
「あのさ、今日の子ってあの猟奇的な子?」
 噛み付いたり叩いたりと原始人だと詰れば、馨はくすっと笑う。
「違うよ。今日はもっと可愛かったかな」
 髪、キレイでさー。どきっとしたね。そう微笑む馨。
 それが嘘だと解っているからこそ僕の心に刺が突きささる。
『どうして? 男に告白されたって恥ずかしくて言えないのか? 普通ならお互いに笑い飛ばすネタにしたんじゃないのか?』
 今日もまた唇の端が切れていて、痛々しいそれを見逃す訳がない。メイクで隠しきれない出来たばかりの傷。
 そんな僕の視線に馨は苦し紛れに言い訳を重ねる。
「キスしようとしたらパチンとね。またやられちゃった」
 明るく返す様が痛々しい。
 馨の嘘は全て解る。
 今日の人物も先日と同一人物であるという事。馨を殴った犯人は、馨からキスを迫られて殴ったんじゃない。馨が拒んだので殴り、噛まれたので反対に噛み付いたのだ。
 それをどうして馨は黙っているのだろう。
 まさか馨はあんな男が好きなのか? いや、拒むぐらいなのだから範疇外と考えるべきだ。
 それなら、殴られた借りをきっちり返せば良いのに。
「ねぇ、馨の好きなタイプって?」
 男じゃないよな? と、続けたいのを我慢していると馨は屈託なく笑う。
「光……、と一緒」
 だからきっと同じ女の子を好きになるだろうね。その時は何で勝負つけようかな?
 絶対譲らないからね。と、強めに言った馨に釈然としないものを感じていた。
 どうして嘘を言うのか……。どうして隠すのか……。
 理由が解らないまま、一週間が経過して、僕は馨から爆弾宣言を受ける事となる。


「あのさ、僕。付き合う事にしたんだ。例の彼女と」



 ……馨の言葉に僕は暫くの間動けないでいた。





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