最後の恋 8
中央塔のサロンを使用してのダンスパーティー。殿の用意した燕尾服は白を基調としたものでホスト部のメンバーでなければ着こなせない代物だった。 勿論、僕や馨が似合わないはずはない。 が、その肝心な馨が見当らないのだ。更衣室は別だから、こうして会場で見付けるしか方法はなく……。 「ねぇハルヒ、馨知らない? ハルヒのメイクするって言って、先に行ってから見てないんだけど」 こうしてハルヒが居る訳だから、勿論馨の仕事も終わっているはずなのに。 「光は本当に馨・馨って。たまには他の子でも見れば?」 そんなハルヒの言葉に僕は少し引っ掛かる。僕はそんなに馨を気に掛けているつもりはない。 「別に……。馨は泣き虫だし、小さい頃から僕が面倒見てきたからってだけで。馨に付きまとってるんじゃないっての」 ハルヒから見れば自分が馨を気にしすぎているように見えるのかもしれないが、単に弟を気にしている、いや妹を気にしているだけなのだ。 家族なのだから、居るはずのところに居なければ心配するのは当たり前。 最近の馨はちょっとおかしな事を口走っていたが、それもきっと家族的なものをちょっと誤解しているに違いない。もしくは僕をからかったのだろう。 あの時は少しきつい言い方をした事を後悔したが、馨も気にしていないようなので安心したものだ。 それにしても、こんなところにハルヒを放っておいて、どこの姫と踊っているのだろうかと僕はフロアを見渡す。 「あれ、珍しい。鏡夜先輩が踊ってる。うわー、すごい美人。どこの令嬢?」 淡いオレンジ色のドレスの裾から見える細い足首。ロングの髪はゆるくウエーブがかかっている。 鏡夜先輩に微笑むその笑顔に心臓が止まる思いがした。 まさに運命的な出会い……。いったい、どこの姫だろう……。 「鏡夜先輩とはすーごく親しい仲だよ」 僕の心を読んだような意味深なハルヒの視線に気付くはずもなく、鏡夜先輩のリードで踊る彼女を見続ける。 「笑ってる、鏡夜先輩が!」 親しげな様子は遠くからでも解る。 「あっ殿も。えっ? モリ先輩まで?」 次々にとホスト部のメンバーと踊る彼女。初めて見るような気がしないのは、彼女も桜蘭の生徒だからだろう。すらりと高い背に、ほっそりとした身体。軽やかな足取りはまるで羽のようでフロアを滑るようだ。 すごく動悸が激しくて胸が痛い。 「光も踊ってくれば?」 ハルヒの言葉に頷いて、僕は一歩踏み出す。 「ホスト部で大切な人物だから機嫌損ねちゃダメだよ」 背中にハルヒの応援を受けながら、僕は美しい彼女へと手を差し出した。 「姫、僕と一曲踊ってくれますね?」 相手が誰だろうとホスト部のメンバーから誘われたら断らないだろう。そんな高慢さが嫌われたのかもしれない。 「……ごめん、なさい」 そう小さく呟いたかと思うと、彼女は身を翻して人込みの中へと姿を消したのだった。その足取りの軽やかな事と言ったら。 ふんわりと彼女の残り香は薔薇の花の香がして、僕の心を釘づけにしていた。 パーティーが終わり、迎えの車に乗り帰宅する姫達を見つめながら、光の誘いを断って逃げた彼女の姿を光は探しているように見えた。 「どうしたんだ、光は」 最後まで引く手数多だった環先輩がやっと終わったとばかりにやってくる。自分も馨にしてもらったメイクを落とし、やっといつもの自分の姿に戻って一息ついていたのだが、光はまだ着替えてもいない。 「一目惚れしたらしいですよ」 光の表情を見れば解る。 思い詰めたような顔は、鏡夜先輩と踊っていたあの『姫』を見かけてからだ。 「アホだな」 「おバカさんだよねぇ」 「あぁ」 「まったく。毎日見ていて気が付かないのか? 本当に?」 鏡夜先輩、ハニー先輩、モリ先輩が呆れたように口にする。最後に環先輩が、疑わしそうに光の後ろ姿を見て呆れている。 環先輩が馨用にと持ってきた中で、あのドレスとウィッグを選んだ自分のセンスも悪くはなかったはずだが、やはり馨という土台が良かったのだろう。 馨はそう思っていないようだったけれどとても似合っていたし、仕上げにと吹き付けた薔薇の香水も馨にぴったりだった。 あんなに綺麗な馨をどうして光は気付かないのだろう。普段の馨とどこが違う? 偽装するために白い燕尾服に着替えて、光に近付いていく馨。 「ほら、早く着替えなよ」 「あれ? その残り香……。お前あの姫と踊ったな?」 「大勢と踊ってるから一々覚えてないって、ほら早く!」 馨に急かされ更衣室に消えた光。その後ろ姿を切なげに見つめて、そして自分も着替えるために更衣室へと向かった馨。 ねぇ、光。馨は妹かもしれないけれど、光がそんな態度だから馨が女の子として生きられないんだよ。 馨の将来を思うなら、早く妹として扱ってやって。そして馨を解放してあげてよ。じゃないと、馨はいつまでも光に囚われたままなんだよ。 |