最後の恋 3
僕らがちょっと危ない兄弟愛を演じているホスト部は、今日もいつもと同じように盛況でもって営業中。 もっぱら話題はバカンスの予定だけれども、客である姫達が僕らに何を期待しているか熟知している。 気紛れな光が仕掛けてこない時はリップサービスでもって姫達の期待を満足させるのも僕の役目だ。 光といえば僕の目の前でハルヒと仲良く談笑していて、解っていても、諦めていても面白いものではなかった。 同じ一年の何組だったか、小柄で長い髪のキレイな姫が僕に話し掛けてくる。 「馨くんは今シーズン、どちらの海へ足を運ばれますの?」 つまりプライベートビーチはどこにあるの? なんて興味本意な質問。あわよくば招待してほしいとでも思っているのだろう。 だから僕はきっぱりと海には行かないと宣言する。 「光ってば僕の色白の肌が好きっていうから、陽に焼けたくないしー」 そんな言葉に『兄弟愛』目当ての姫達の視線が集まるのが解る。 これで海には誘われないはずだ。 ハルヒと同じく、水着姿になればいやでも女だとバレるだろうから、ホスト部に在籍するかぎり海は鬼門。 だからいくら殿がホスト部で海へ行くと言い出しても、絶対に鏡夜先輩が阻止すると思い込んでいたのだ。 そして夏休みになって……。 まさかこんなリゾート地でホスト部の営業をするとは考えもしなかった僕がここにいた。 ビキニ姿でスタイルの良さを見せ付けられている気分になるのは、僕のコンプレックスだろうが、美人の誉れが高い常連の姫が話し掛けてくる。 「馨くんは海に入らないの?」 多分、色香で僕を迷わそうと思っているらしいが、おあいにくさま僕にそんなビキニ姿でアピールしたって無駄なんだから。 それでも光にターゲット変更されるよりは良いと思いなおして、パラソルの下でジュースを飲んでいた僕は彼女ににっこりと微笑んでみせた。 「昨夜、光が無理矢理『する』からちょっと疲れがでちゃって」 『する』の部分で頬を染めて強調すると途端に姫は僕と光の顔を見比べ、瞬時に麗しい行きすぎた兄弟愛を思い出したらしい。 「まぁ無理矢理……ですの?」 「ホント光ってワガママでさ、したいと思ったら我慢出来ないみたい」 瞳に涙を浮かべて……。ってもちろん小道具使用済みなんだけど、これで当分はあの姫も僕らを落とそうだなんて考えないだろう。 けれど『昨夜無理矢理』ってのは嘘じゃない。 なにも今更パソコンのクリーンインストールなんてしなくていいのにあのバカ。Cドライブをフォーマットだなんて絞め殺してやりたかった。 でも光のする事に文句なんて言えなくて、付き合っているうちに深夜になり夜明けがきて……。仮眠も一時間ぐらいしかとれなくてこんな海だなんて、女の身にはつらいものがある。 それでなくても海で水着だなんて露出が高くて女だってバレる危険もあるから気分は晴れない。 殿のアイデアで僕とハルヒはおそろいのパーカーで体型を隠し、さらには光にも同じのを着せて仲の良い1Aトリオの出来上がり!で、なんとかバレてはいないようだったが、それでも誰も疑わないところがとても虚しい。 光は向こうで殿やハルヒ、そして他の姫達と潮干狩なるものに参加中。 夜は会費制のパーティーにすると言っていた鏡夜先輩は準備の指示を出しているしハニー先輩もモリ先輩もやはり姫達の接客中。 僕はグラスに映る自分の姿に光を重ねながら、早く光と二人きりになりたくてストローで溶けかけている氷に八つ当りをしていた。 いつかは光を他の誰かのものにするんだから今ぐらい良いじゃないかとグラスの中身を飲み干して目を瞑る。 そして……。 ほんの少し仮眠した僕もその後は光達と姫達の相手をし、会費制のパーティーも未成年を理由に夜の八時でお開き。 今は今日の接客の反省会と称して二次会の真っ最中だったりする。 「ハルヒー、その格好!」 殿が涙目なのはハルヒが女の子らしい格好をしていたからだ。白いワンピース姿はとてもカワイイ。 「やはり女の子らしい格好の方がイイぞ」 「父が着替えを入れ替えてなきゃこんな格好しませんよ」 さっきまでのパーティーはホスト部での衣裳だったから、いざ私服に着替えてハルヒ自身戸惑っているようだった。 「ハルヒ父グッジョブ! な、馨?」 光も目を輝かせていて、そう僕に同意を求められてもとても複雑な心境だった。僕だって一応は女の子なのに。 「ハルヒなら母さんのデザインした服もよく似合うだろうねー」 「今度着せてみよう!」 当たり障りなく答えると光はさらに楽しそうにハルヒに絡む。 「どうして自分ばっかり! 馨にだって着せればいいじゃないか!」 光に抱きつかれてハルヒが文句を言っているが、こうして見ていると本当にお似合いで涙が出てきそうだった。 「馨だって着てみたいよね!」 助けてくれとばかりにハルヒが僕に話を振るがどちらかというと僕よりハニー先輩の方が似合うように思う。 「僕はサイズがねー」 言っていてとても虚しかった。 けどこんな事で挫ける僕じゃない。ちゃんと解っているんだ。 僕はどこからみても男そのものだって。 光にはけっして近付けないんだって。 『でも神様、今だけは光を独占する事を許してください』 そんな願いが届かない事はよくわかっていたのだけれど、僕は願わずにはいられなかった。 |