最後の恋 2




 多分二卵性の双子なのだろう。そうじゃないと説明がつかない、兄の光と弟の僕。いや違う。正確に言えば、妹の僕だ。
 多忙な両親と同じく多忙な祖父母の中で、僕達は世話人によって育てられた。
 裕福な常陸院家の子供となれば誰もが幼い子供の意のままで、僕は小さい頃から光のお嫁さんになるのだと疑う事なく育ってきた。
 おもちゃも遊びもすべて光と一緒。
 着る服も言葉使いも光と一緒。
 だから一人称が僕で、着る服も全て男物。
 新しく入った使用人は僕達を見分けるどころか、僕が女だと気付きもせずにいる事もあるという。
 幼い頃……。
「イヤダ!! 光と一緒の服じゃなきゃ行かない!」
 そう言って初等部の頃から男物の制服を着て、僕は周囲を困らせた。
 どうせお嬢様の気紛れだと、進学して女の子達といるうちに自然と落ち着くだろうと大人達は考え、僕は男子生徒として入学した。
 つまり、それほどの本気で光と一緒が良かったのだ。
 だからと言って、ここまでそっくりに育ってしまうなんて……。
 誰もが羨む身長と広い肩、板のような胸と細い腰。光と同じ顔、そしてとても少女には思えない声。
 可愛い女の子にはなれなかったが光と一緒なのはとても嬉しかった。
 いつだって鏡の中には光がいて僕に微笑んでくれる。
 そして、あのゲームも光に寄り付くムシを退治するには都合が良くて、世の中に絶望するふりをしながら僕は光に言い寄る女の子達を牽制し続けた。
 どうせ中等部になれば男女の差もあって無理だろうと思われていた男装、僕自身も高等部になったら諦めて女生徒になるつもりだった。
 それなのに。
 あの日、僕らの前に現われた須王環によってホスト部に勧誘され、自分の意思とは別に男装を続ける事になった。
 おまけに今だに伸びる身長。
 光そっくりな容姿。
 双子だから当たり前なのだけれど、ここまで女としてかけ離れればいっそ一生このままでも良い気さえしてくる。
 特待生として入学してきた彼女を見ていれば、己れの姿との違いがはっきりと解る。ハルヒの可愛さは男装してても滲み出ていて、その線の細さはやはり少女のものだ。
 そして、高等部一年の春。
 人気行事の一つである身体測定。毎年僕は休むとか光に時間差で二役させるなどして参加した事がなかったが、それでも自分のサイズなどは把握している。
 今年はハルヒもいる事だからと、先輩達のフォローもあり、別室で測定を受ける予定となっていた。
「特別男子保健室ねぇ」
 わざわざそんな手間をかけなくても、こっそり参加しなければ良いじゃないかと言うハルヒにもっともだと僕も同意する。
 わざわざ自分のコンプレックスを数字にして目の当たりにしたいはずもなく、僕は隣で歩くハルヒを見下ろす。
「案内ありがとう馨、もうついてこなくても大丈夫だよ、迷わないから」
 視線を感じたハルヒが少々下手なジョークで僕をからかう。お互いそうだったが、相手が男装である事に暫く気付かなかった同士だ。
「あのねぇ、それって嫌味?」
 どうせ、見た目からして男にしか見えないけれど、これでも生物学上は女性だ。男子立入禁止だと言外に含むなんて、まったくハルヒのジョークは笑えない。センスが皆無だ。
 多分、昨日の打ち合せの時『大丈夫、ハルヒの洗濯板なら気付かれないってー』と光と大笑いした意趣返しなのだろう。
 だが、今まで女だと気付かれていないのだから、お互い淋しいパーツの持ち主であるという事に変わりはない。
「冗談だって。光達、今頃うまく誤魔化してくれてるかな?」
 あとのフォローは任せろと豪語していたが、反対にそれが心配だった。
「多分、ね」
 おおよその想像はつくがハルヒに要らぬ心配をかけたくなくて、僕達はそのまま急ぎ足で特別男子保健室へと向かうのだった。
 そんな話題となった身体測定会場では、乙女達の黄色い声が上がっていた。
「光くん、馨くんはどちらへ?」
 いつもなら二人一緒なのにと不思議に思ったらしいお姫様たち。
「実は昨夜さー。つい、跡つけちゃって。馨の奴オカンムリっての? 恥ずかしいから別室で測定してる。で、医者が馨の色香に迷わないようハルヒについていってもらってるんだけどー」
 そんな光の言葉に女生徒達はさらにテンションが上がっていく。
「まぁそうでしたの。昨夜、跡をお付けになるような事をなさってたのですね」
「仲がよろしくていらっしゃるのですね」
 にこやかな受け答えの影では、『キスマークよ、きっとキスマークですわ』『どこにおつけになったのでしょう』『見たかったですわー。馨くんの白い胸に咲く光くんの愛の印を』と、期待感溢れる囁きが交わされているのであった。
 同時刻、特別男子保健室の僕達は仲良く測定中で……。
「馨を見ていると父を思い出すよ。いつも女装してるんだけどね、なんか体型が……」
「それ以上言うと口きかないから」
 どうせ広い肩幅だし出るべきところがまったく出ていない。でもそれはハルヒも一緒じゃんかと僕はハルヒを睨む。
「男らしいってのはあるけど、ちゃんと女の子の格好すれば女の子に見えると思うよ」
 だがしかしハルヒは動じる事なく、屈託のない笑顔を僕に向けていて自然と僕も笑っていた。
「女の子に見える? この身長で? ほとんど光と同じサイズなんだよね。特に身長とかさー、ミリ単位で一緒。ハルヒはいいね、小柄で」
 ハニー先輩に分けてあげたいぐらいだよ。と、僕の言葉にハルヒはいっそ取り替えれば良いのにと真剣そのもので……。
「でも、ホントは光と一緒ってのが嬉しいんだけどね」
 一種の執念じゃなかろうかと思うぐらいのシンメトリー。僕にとっては最高のシンパシー。
 そんな僕にハルヒは悲しそうに言葉を重ねる。
「……馨は光が好きなんだね」
 ずばりな指摘だけど肯定なんて絶対にしてやらない。この時、勘の良い彼女を見る僕の目はとても冷たかっただろう。
「いやだなー、ただのブラコン、お兄ちゃんっこなだけだよ。そうだ! ハルヒなら僕のお義姉さんになってもうまくやれると思うよ」
 言ってしまってから僕は納得する。
 僕は諦めなきゃならないのだ。
 そしてハルヒのような子が光の相手なら諦めもつく。
 彼女の洞察力と勘の良さには本当に驚かされるが、僕らを見分けられる彼女なら光を託す事が出来るだろう。



 だが、理性では割り切っていても、僕の心はどこかで悲鳴をあげていたのだった。







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