最後の恋 11




 皆から企画案が出され、最終的に予算の都合なども鑑みて決定がなされる。ほとんどが殿の思う通りであっても鏡夜先輩が首を縦に振る必要があった。ホスト部が副部長のおかげで成り立っている証拠だろう。
 何やら至極真面目な顔でパソコンと向き合っている鏡夜先輩の正面に座る。
「ねぇ、鏡夜先輩は僕をお嫁にもらってくれるつもりはない?」
 ハニー先輩を頭にアフタヌーンティーの用意をしているメンバー達、光は窓の外を熱心見つめていて殿はハルヒの持つティーセットの蘊蓄を並べ立てている。
 そんな周囲を余所に僕と鏡夜先輩の周囲はまるで別次元のようだった。
「常陸院家か……。まぁメリットはあるな。それにお前なら愛人を囲っても文句を言わないで耐えるだろうしな」
 それでも良ければどうぞ、と少しだけ悩む素振りを見せた鏡夜先輩に彼なりの優しさを見る。
 バカにするなと言いたかったが、それは反対に僕が光を想っていても良いという事なのだ。
 用意が出来たと誘いにきたモリ先輩に二人の緊張感に満ちた空間はまるで無かったかのように消滅した。
 鏡夜先輩はやはりパソコンと戯れることを選び、僕は花畑に迷いこんだようなケーキの山を目前にして香り高い紅茶を味わう事を選ぶ。
 先程の会話を聞いていたらしいハニー先輩が僕の皿にスコーンを取り分けながら笑顔を向ける。
「僕、カオちゃんと結婚してー、カワイイ子供産んでもらいたいなぁ。だってー、男の子は母親に似るっていうでしょ? カオちゃんの子供なら美人さんで背だって高いハズだもんねー」
 埴之塚家の当主はまるでサラブレットの血統を語るように将来生まれてくるであろう子供を語る。いつもテンションの高い、悩みなんて皆無な様子の彼もやはり気にしていたのかもしれない。
「利害一致ですねー」
「うん、僕がカオちゃんを守ってあげるー」
 たわいもない冗談。それはハニー先輩の優しさだ。
 いつも姫達に甘えるような仕草で膝枕状態になったハニー先輩の蜂蜜色の柔らかい髪。そんな愛らしい外見とは違う男らしさや包容力に胸が熱くなった。
「馨、何してんだよっ」
 光の声が刺々しい。
 それはただの独占欲だというのに。きっと『弟』の自分が他人と必要以上に仲良くしているのが気に食わないのだろう。
 そんな光にこちらも腹が立った。光なんて必要ないと、つい意地悪をしたくなる。
 まるで僕の心を代弁したかのように、ハニー先輩が膝枕の態勢を崩そうとせずに上目遣いで僕に同意を求めてくる。
「えー、秘密だよねー」
 語尾を伸ばした甘えたような口調でも、ハニー先輩は光を見据えている。
「ねー」
 同じように相づちを打って合わせると光がテーブルを叩く。
「カンジ悪っ」
 ティーセットが澄んだ音を立てて静寂の始まりを告げたように思えたが、すかさずハルヒが光を窘める。
「カンジ悪いのは光だよ」
 困ったかのようなハルヒに光の表情がさらに険しさを増す。
「なんだよ、ハルヒまで。帰るっ」
 多分、一目惚れした姫が中々見つからないから光もイライラしているのだろう。八つ当りなんて冗談じゃない。
 僕も光から離れる努力してるんだから、光も早く僕の事を気にしないようにしなくちゃならないのだ。
 本当はとても淋しいけれど、僕達は兄妹として育ってきたのだからそれが自然なのだ。




 部活が終わって帰宅しても、光はまだ帰っていなかった。その行動からも、よほどあの姫に夢中なのだろうと推測する。
 解ってはいても、その姫が見つからなければ良いと思っている自分が居て、僕は自己嫌悪に陥ってしまう。
 夕食にも帰ってこなかった光。
 退屈を紛らわすつもりで僕はハルヒ父からもらったドレスを広げてみる。
 母のデザインにはないもので、少し凝りすぎているかと思いつつも袖を通してみて意外と身体に沿うものだと鏡の前に立って認識していた。
 今までとどこが違うか考えてみて、そういえば少し胸らしき膨らみが目立つようになっていると気が付く。髪が長ければもっと似合うんじゃないか、化粧をすればどうだろう。 そんな疑問のままに鏡の中の僕が変わっていく。
 化粧をしての姿を決してキレイだと思わないがまずまずの仕上がりが嬉しくてテラスの階段を降りて中庭に出る。
 美しい彫刻と手入れの行き届いた庭で月の光を浴びているとアフロディーテの恵みで本当に美しくなれるような気がして僕は思わず笑みをこぼす。
 物思いにふけっていた僕が背後から近付いてくる存在に気付かなかったのは仕方のない事だろう。
「どうしてあなたがここに?」
 振り向いたそこには光が立っていて、僕は動きを止める。おそらくテラスから忍び込むつもりだったのだろう。
 そこに立っていたのが僕で驚いたらしいが、光は目を輝かせ嬉しそうに僕に近付いてくる。
「まさか僕に会いにきてくれた?」


 その光の言葉に僕は凍り付いていた。









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