最後の恋 10




 放課後の第三音楽室。それでも毎日ホスト部の営業がある訳でもなく、打ち合せや準備などに費やす時間は多い。
 次の企画にと衣裳合わせとして仮縫いまでのサンプルが届いていて、一つずつ丁寧に収められた衣裳ケースの山に殿が嬉しそうに燥いでいる。
 サイズの詳細は伝えてあるので、どこを手直しするかぐらい洋裁の知識がある僕にとっては朝飯前だった。
「馨姫、今日も憂いを湛えた瞳が美しい」
 なんの冗談か、殿が僕に跪いたかと思うと右手の甲にキスを落とされる。
「僕相手に営業の練習しないでよ」
 殿に暇を与えるとすぐこれだから……。早く衣裳を決めなきゃならないのに、殿はいつものテンションであれやこれやと迷っているらしい。
 そして僕相手に営業の練習を始めるのだから、衣裳選びに飽きたという事なのだろう。
「ふふふ、常日頃女性の笑顔のために頑張るのだよ、馨くん」
 だから笑顔を見せたまえ! などとテンション高くほざいている。
「それにしても、この間のドレス。俺の見立てに狂いはなかったな」
 男性が恋人や妻にドレスを選ぶのはフランス社交界でも常識なのだと、そして男は女性を美しくする義務があるのだと、殿は延々と語る。
 僕がそんな殿の言葉を右から左へと聞き流していると、殿は急に真面目な顔で僕を見つめた。
「馨はもっと美しくなる。だからもう少し自信を持て。そうだ、惚れるなら俺なんかどうだ?」
 彼なりのリップサービスなのだろう。
「やだなー殿まで」
 僕が美しくなるだって? 僕の予定ではまだまだ背も伸びて顔つきも父のように逞しくなるはずなのだ。美しくだなんてありえない。
 クスクスと笑っていると扉が開かれる。
「馨っ!」
 咎めるような光の声に驚いて扉を見ると、足音も荒く光がズカズカと近付いてくる。
 いつもより遅れたのは、きっとあの夜の姫を探していたからだろう。
「光……」
 表情を見なくても、その足音だけでも光の機嫌が悪いと推察される。その原因はきっと意中の姫が見つかっていない証拠で、僕は少し安堵していた。
「衣裳合わせってんのにまだ全員集まってないのかよ」
 それならもう少し遅れても良かったとでも言いたげな光に、殿が見てこよう、と席をはずす。
 おもむろに切り出した光は先程の不機嫌を延長したままで。
「さっき、殿と二人っきりで何もされなかっただろうな」
 どうやら先程の会話が聞こえてはいたらしい。それも一番最後の意味深な部分だけ。
「何もって、何?」
「告白とか……」
 惚れるとかどうのこうのと言っていたのが都合の良いように解釈されている。
「殿から? ありえないね。それよりなんか最近光ってば心配性じゃん」
 軽く流すつもりで肩をすくめてみせれば光は拗ねたかのに顔を逸らす。
「悪いかよ、弟を心配して」
 その言葉にカチンときたのは確かだった。
「妹ですが? いっそ僕が彼女つくった方が光も安心出来るかもね」
 言い捨ててその場を立ち去ると控え室の女子更衣室用にと区切ったその場所に逃げ込むようにむかう。
 ハルヒが先に着替えているだろうその場所は光達は絶対に入ることは出来ない。
 それにしても、最近の光の態度も言動も苛つくものばかりだ。
 『弟』を心配なんてしなくて良いのに……。
 ハルヒの父や殿に警戒するような態度は僕の気持ちをとても乱すのだ。なのに光は僕を弟としてしか見ていなくて……。

(バカ光……。僕の事なんて放っておいてよ。そして光はさっさと僕から離れていけば良い)

 第三音楽室からハニー先輩達の声が聞こえる。
 あの賑やかさは全員が揃ったものだろう。衣裳に不備がなければイベントの企画の打ち合せがある。
 僕は、いつまでこのままの状態を耐えなければならないのだろう……。










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