当たり前の奇跡 08
深夜の番組は低俗でちょっとエッチで馬鹿馬鹿しい。こんなのを放送しても良いのかと思わせるぐらいだ。胸ばかり大きい売出し中のタレント。絞られたウエストと豊かなヒップ。でも自分の好みじゃないと光は欠伸を噛み殺した。 「なになに、くる?」 寝室へと入ってきた馨は自分が起きていた事に驚いているようだったが、どうみてもいつもの馨で怒っているような素振りはない。 水着姿の女の子達がテレビに映っていて、チラリと見た馨は『あの端の子結構カワイイじゃん』なんて感想を口にする。 健全な男子には刺激が強い番組かもしれないけど、寝支度を整えベッドに入った馨に保健室での事をどう切り出そうかと考えていた光は半分うわの空だ。 眠くなるまでとテレビを見続けていると、馨がむくりと起き上がる。 「チョットお先に失礼しまース」 ついでにシャワー、シャワーのついでー。なんて軽く言いながら視線を合わさないまま浴室へと向かった馨を、 『あぁ抜きにいくんだな』 と、光はぼんやりと考える。テレビ画面では野球拳をする女の子達。あれのどこが良いのか解らない。 馨が可愛いと言ったタレントのでかすぎる胸もあまり好きじゃない。ハルヒぐらいのまな板で充分。そしてあんな豊かなヒップも余計だ。 光の頭の中で、フリルのトップスを身につけたハルヒが画面の中の女の子のようにポーズをとる。 確かにハルヒは可愛いと思うが、自分の好きなキレイ系ではない。もう少し背が高くても良いぐらいだ。出来れば、引き寄せれば折れそうな細腰で足も長く、肩幅だってもう少し広くても良い。 『……って馨じゃんかよ!』 いつの間にかハルヒの姿が馨に置き変わっていてこっちに向かってウインクと投げキッスをしていて光は慌ててその妄想をかき消した。 幸いな事に馨は女物の水着は着ていなかったが、 『は、裸だった……』 人権を無視したような想像に余計罪悪感が増す。どうやらうたた寝していたらしいが、こんな心臓に悪い夢は勘弁してほしい。 5分と経っていないらしく馨はまだシャワールームだ。 光はベッドから下りる。 朝とは違う。 今、馨はシャワーを浴びていて言葉どおりなら自慰行為の最中で。ああやって言い残して行ったって事は入るなってサインだとは理解している。 それだけはマズいだろ? 変態の烙印を押されても良いのか? 自分の中の良心が必死に制止しているのに、どうして自分はバスルームの扉を開けようとしているのだろう。 最低限のプライバシーじゃないかという声を振り切って衝動のままに光は扉を開けていた。 座り込んで頭からシャワーを浴びている馨の横顔。パソコンへと向かっていた時とは違う上気した頬と切なげに寄せられた眉、伏せた目と熱い吐息を紡ぐ唇。薄い胸と引き寄せれば折れそうな細い腰。 そして……。 ごくりと喉がなって光は自分も興奮しているのだと知る。下半身が重くなってくるのは血流のせいだ。 馨の自慰行為が見たくなるなんて、またその衝動を抑えられないなんて変態だと後悔したが、馨が色っぽくて綺麗で目が離せなかった。 馨の左手が目の前の鏡に伸びて鏡の手と重なる。 「……、」 聞き取れなかったが『ひかる』と口が動いたような気がして慌てて扉を閉めて逃げるように自分のベッドへと潜り込んだ。 今ほど己れの行動を後悔した事はない。 あんなにも馨が綺麗で扇情的だなんて……。 『やばかった……』 馨と顔を合わせられない後悔と興奮の中いつの間にか眠っていたらしい。 今度は夢を見ている自覚があった。 白い肌が睦み合っている。 眠る前にあんなのを見たから変に興奮しているのだろう。早く覚めれば良いのにと勝手にさせていると、何もなかった空間が保健室へと形を変える。 『いくらなんでもさぁ』 長い足、細い腰、さっき見たのと同じ姿に光はため息をつく。よりによって馨が保健室で男に組み敷かれているなんて最悪の夢だ。 「何してんだよっ」 これ以上は耐えられないと光が叫ぶとゆっくりと馨が顔を上げる。 「邪魔、しないでよ? それとも光も一緒にどう?」 見知らぬ男の肩越しに馨の妖艶な表情を見て光は叫んでいた。 夢だと解っていても嫌な気分で、目が覚めても苛立ちが収まらない。 現実には隣のベッドでは馨が眠っていて、自分の馬鹿げた夢に出して悪かったと光は心の中で謝罪する。 サイドボードのライトを少し上げると馨の端正な顔が闇に浮かぶ。 肩が出ていたので上掛けを引き上げようと伸ばした手を光は止めていた。 『ヤバイ……』 馨の顔を見ていたら先程の上気した表情を思い出してしまい、軽く一回は抜けそうな自分を光は叱咤した。 馨は男だ。さらには双子の兄弟で他人から見ても同じ顔をしている。言い聞かせてみても身体は青少年らしい反応を見せ始めていて……。 自分がここまでナルシストだとは思わなかった。 一体どこで間違えたのだろう。 そうだあんな夢を見たからだと光は結論を導きだし、馨に背を向けるようにしてもう一度眠りについた。 胸の高鳴りが警鐘のように何かを告げていた。 |