当たり前の奇跡 06
ホスト部での役割を決めたのは自分達からではない。確かに普通の兄弟よりは双子という点でシンクロ率は高く、また仲も良い。 ぴったりの呼吸。二人だけにしか解らないテレパシーでも使っているかのような省略の多い会話。 兄弟愛をウリにする事に抵抗があった入部当時。殿の提案ではあったけれど、最終的に強要したのは副部長兼店長だ。 女生徒が何を楽しみにしているか常にリサーチしている副部長の目敏さに脱帽しつつ、馨はいつものように接客をしながら光の姿を視界に収めていた。 長い足を組み、笑い声を上げる光の表情はどこまでも眩しい。そんなに楽しいの? と聞けるはずもなく、ほんの少し嫉妬する自分を馨は封じ込める。 幸いな事に、光は目の前の女生徒と会話していても殿のように誉め讃えたりはしない。 一般的に生け花の話や流行のスタイルなど女性向けな知識には困る事がないから、アドバイス的な事はしても、ただそれだけだ。 自分もそうだが、光は特にもてはやされても鵜呑みにはしない。どこか一線を引いているかのようだ。 気分屋なところがあるので、少し機嫌を損ねると黙り込んでしまう事があるので副部長がペアでの接客を義務づけたのだろうが、目の前で光が女生徒と仲良く談笑しているのを見るのは正直痛かった。 光の扱いは慣れているし、多分光よりも光を理解しているだろうからお守り役には最適なのだろうけれど……。 そのポジションも彼女によってじわりじわりと浸食されつつあって、それを『不法侵入』と考えてしまう自分が恐かった。 彼女は別格だと思う。今までにない種類の人間だから惹かれるのか。可愛いし面白いし貴重な存在。光のためになる存在。 じゃあ自分には? エスカレートしていく自分の思考に馨はストップをかける。 何よりも自分が恐かった。 こんなにも光の事しか考えられなくなるなんて予想外すぎる。 光と視線を合わすのが恐くて、わざと隣に座る女の子と会話を続ける努力を馨は続けていた。 そして保健室での事もぎりぎり見られていないようだと胸を撫で下ろす。いつもの光なら絶対に追及するだろう。 それとも光にとってはもう自分の事なんてどうでも良くなってきているのかもしれない。 光がハルヒに夢中になっていくのと同じように、自分も他に関心をむけていくべきだとは解っている。 だがしかし保健室での事はちょっといきすぎたかもしれない。 あんな場所でなんて、ちょっとエロいというよりもヘンタイっぽかったかもしれないと少し反省してみるが、そんなスリルや背徳感すら心地良かった。 ゴメンね、自分は堕ちていくから。 いやもう堕ちているのかもしれないと気乗りしないままでいると案の定店長から注意される。 「うわの空だな」 眼鏡の奥の瞳がすべてお見通しだと語っている。 「鏡夜先輩……」 少し席を外させますとお客さまである女生徒に営業スマイルを向けた鏡夜に連れられて控え室へと入る。 「接客に差し障りがでるのは感心しないな」 開口一番の言葉に馨が頷くよりも早く鏡夜は核心を突いてくる。 「いっそ本当にしてしまえばどうだ」 笑ってしまいそうだった。それも自虐の笑い。 「冗談よしてよ。兄弟ですよ僕達。相手の幸せを願うのが本当でしょ」 一緒になんて堕ちたくない。彼はずっとその名の示すように明るい所で輝いていれば良いのだ。 「距離を置くにしてももっと別の方法があるだろう? 感心しないな。こちらとしてはメリットもデメリットもあるから余計な事は言えんが」 お前はもっと賢い子だと思っていた。と、鏡夜に諭された馨だったがその言葉に返事する事無く営業へと戻る。 「どうしたのさ馨。お前は僕の側にいれば良いんだよ」 戻ってきた馨に光は早速営業用の笑みを浮かべ手を伸ばしてくる。 「僕だってずっと光の側に居たいに決まっているよ」 作った声で光の手を取った瞬間、馨は強引な力に引き寄せられ光に抱き締められていた。 一気に上がる歓声。 同じように馨の心臓も一気に動きを早めていた。 体勢が入れ代わり、光が上から見下ろしているのを正視出来なくて……。多分顔も赤くなっているだろうと思うと情けなくなる。 太腿に光の手があって、その熱が布越しに伝わってくる。敏感な五感が光の指先の僅かな動きに反応してさらに馨を攻めた。 無意識になのだろうが光の手が上へと滑り、馨の緊張を限界にまで高めていく。 いくら営業モードだからといって、こんな触り方はしないでほしい。誤解してしまいそうになる。 抗議しようとして光の顔を見ると真剣な眼差しで見つめられていた。きっと近い将来誰かがこんな瞳で見つめられるのかと思うと馨は苦しくなった。 まるでキスをされる一秒前のような情況に耐えられなくて、馨がやんわりと光の手を退けると傷ついた顔を見せた。 『ゴメンネ、光』 それ以上、たとえ無意識にでも挑発されるのは勘弁してもらいたくて……。 『自制心が働いている間に僕から逃げなよ、光。そうしないと襲っちゃうからね』 こんなにも光の事が好きな自分はどこへ行けばよいのだろう。 どうすれは良いのだろう。 馨は再び作った笑顔という仮面を身につけていた。 |