当たり前の奇跡 16
後退する馨の足首を捕まえて、再び最奥を目指すように手を這わせる。流石に馨も身の危険を感じたのだろう。 「ちょっと光、これがどうして罰ゲームなの? 意味解んない。それに昨夜からなんのつもり?」 抗議の言葉を口にする馨には逼迫した雰囲気があった。まるでその身体に触れて良いのは他の人間だけだと言わんばかりに……。 「罰ゲームなんだから大人しくしててよ」 口を尖らせていかにもちょっとした悪ふざけなのだというように首を傾げてみせると、律儀な馨らしく動きが止まる。 「ねぇ、馨の全部を見せて?」 にっこりと微笑んでみせたが目が笑っていないのは一目瞭然で、馨の内に恐怖の感情が芽生えつつあった。 双子の片割れが罰ゲームに乗じて不穏な行動を取ろうとしている事を感じ取り馨はじりじりと後退する。 「イヤって言ったら?」 「力ずくで」 シーツを剥ぎ取ろうとして耳障りな音が布が裂けた事を示す。今度こそ本当に馨の顔が恐怖に慄いていて光は追い詰める楽しさを覚えていた。 「どうしたのさ、光。あの写真のどこが悪い? 営業用じゃん」 そんな馨の言葉に目眩がする。 営業用だって? 一瞬我が耳を疑ったが悪怯れる様子のない馨に腸が煮え繰り返りそうだった。 あれを営業だというのなら、そもそもホスト部に入ったのが間違いだったのだ。男のモノを啣えさせるために入ったんじゃないと光の感情も高ぶる。 「あんなの、あんなの……。よくも僕に黙ってあんな事してきたよね。馨ってサ、マジホモ? 気持ち悪いったら」 地団駄を踏む子供のように捲くしたてると馨は怯んだように口篭もる。 「……そんな、ホモなはずないのは光も知ってるでしょ。……い・今まで一度だって同性を好きになった事なんて……ない」 言い淀む馨に光はそれが嘘だと決め付けていた。唇を噛み涙を浮かべている馨を非情なまでに責め立てる。 「じゃあその涙はなんなのさ?」 平気で男に身を許す馨。その涙は誰のために流されているのかと考えるだけでも苦しくなってくる。 緊迫した二人の空気を裂くかのように、馨の携帯電話が新着メールの存在を報せる。 馨を睨んだまま光はサイドテーブルに目覚まし代わりに置かれたままだった携帯電話に手を延ばす。 「光!」 馨の制止を振り切って光は携帯のボタンを押し、内容までをも確認していた。 (すまない、光にばれた) 鳳鏡夜のメールは至って簡潔明瞭だ。そのシンプルな文章に詳細は書かれていないが、それこそが二人の関係を示している事を物語っている。 「これって二人の関係の事だよね? もしかしてセフレ?」 昨日の事からすると、愛していると告白していた鏡夜を気持ち的に受け入れた訳ではなかったらしいから、写真の内容とを総合勘案すると肉体的な関係だけがあるという事だろう。自分からバラしておいて馨にメールするなんて流石良い根性をしている男だと光は鏡夜を評価する。 「バレた……って、だからそれは写真集の事を言ってんでしょ? どうして鏡夜先輩が光に話したか知らないけれど……」 話したんじゃない。証拠を送り付けてきただけだと叫びだしそうになるのを抑え、光は写真を馨のいるベッドへとばら蒔く。 「だからー、これが鏡夜先輩との証拠だってんの」 見る見る内に青ざめる馨をどうしてやろうか。 「違うよ、コレは……」 言葉を濁す馨。言い訳したくても、これだけのものが写っていたら言い訳など出来ないだろう。 「あの場所には鏡夜先輩もいたんでしょ? で、写真撮らせてたのってどっちの趣味?」 ったく悪趣味だよねー、と笑いながら光は馨から身を隠すシーツを奪い取る。 「だから、違うんだって」 苦しそうにこちらを見上げて、誤解なんだと説明させてよと必死になっている馨がいっそう憎らしい。 そんなにも鏡夜先輩との事を隠したいのか、それだけアイツが好きなのかと、どうして僕じゃないのかと思いつつも光は意外にも冷静に馨を見下ろしていた。 「馨の言葉なんて信じない」 嘘ばかりついて、双子の片割れの自分より他の男を選んだ馨なんて存在しないほうがマシだ。 『あぁ、そうか。ここにいるのは僕が知っている馨じゃないんだ』 本物の馨が自分を裏切るはずがない。しかし偽物とはいえ馨の名誉を傷つけたのだからそれなりのお仕置きが必要だろう。 勝手な理屈で馨を組み敷いて、その温もりに本物も偽物もない、ただの屁理屈だと自嘲しつつも光の内に燻っていた欲望が暴走を始めていた。 次回、最終話です。 |