当たり前の奇跡 17
裸にされ、組み敷かれている情況に目眩すら覚えながら馨は半ばパニックに陥っていた。 この世で誰よりも大好きな光に誤解されているという事実。それだけで馨は辛かった。 どうしてそんなに責めるのか? 双子の弟の愚行がそれほど気に入らないのか? 気持ち悪いだなんて言いながら、そんな熱の帯びた目で見つめるのは止めてほしい。 ちゃんと説明しなければならない。あれは新しい写真集用に撮ったもので、でも光宛に送られてきたのは、あの写真部の人の陰謀、嫌がらせだろうって。 そして鏡夜先輩も誤解させるような行動を取っているのだとしたら、それは自分達の関係がギクシャクしていると売り上げに響くからと画策しているのだろう。 それにまんまと踊らされているのだと説明しなければならないのに……。 光が恐い。他の男に身体を許したと信じているだなんて。 『僕が好きなのは光だけなのに……』 忘れようとしてはいるけれど、だからといって手近な代用を求めるつもりはない。 そもそも同性を恋愛対象としてとらえた事は一度もないし、男とセックスだなんて考えた事もない。 性的興奮を覚えるのは光だからであって、だけれどもこれは自然消滅させるつもりの想いなのだ。 「ホントに誤解……っ、ん」 二度目のキスはホスト部営業中の時のような軽いキスではなかった。 「ヒドイよ、光……」 なんて情熱的なキスをするのだろう。抵抗しようと突っ張っていた腕から力が抜ける。 いくら怒っているからって、こんな嫌がらせをするなんて光らしくないと馨は光のキスから逃げようとする。 しかし光は馨から唇を離そうとしないだけでなく、その手は馨を求めて動きだしていた。 「イヤだ、ヤメテよ、光!!」 脇を這う手を止める馨を光が嘲笑う。 「そんなはずないでしょ?」 ねぇ、鏡夜先輩はどんな風に馨を抱いたの? と、耳元で囁かれ馨は必死に頭を横に振って否定する。 その間にも光の手は少しずつ下がっていく。 「……気持ちワルイんだって!」 罰ゲームの一環なのだろうが光がこんな悪趣味な事をするなんて信じられなかった。 「上等」 ペロリと唇を舐める光から馨は目を逸らす。 気が付けば馬乗りになった光に何度も角度を変えてキスをされていた。舌が絡み、吐息も交じる。 明るい陽光の中、逃げようと再び破れたシーツで身体を隠そうと馨は試みる。 昔なら恥ずかしく思うことなどなかった身体。まったく同じ身体だから、羞恥を覚える必要がなかったからだ。 しかし、今は光の悪ふざけに身体が反応してしまっている。 光はまだ着替えていないから、起きたままの姿で上半身には何も身につけていない。 そして何よりも自分は裸で、この間押し倒されたときよりも数段に状況は際どくなっている。 下半身に集まる血流を制御出来るはずもなく興奮に形を変え始めているのが解る。 「……どうして僕にキスするのさ」 先日の放課後もだ。こんな悪戯をされると忘れようとしている努力が無駄になるではないか。 そんな馨に、『そんな事も解らないの?』と言わんばかりに光が答える。 「好きだからに決まってんじゃん」 「好きって何? 恐いよ、ソレ」 こんなの兄弟でする事じゃないよ、光にはハルヒって好きな子がいるんでしょ? そっちがよっぽど似合っているのに。 一気に捲くしたてた馨の苦しそうな言葉に光の表情が一変する。 「僕が何も知らない、何も考えてないと思うなよっ」 突然に激昂し始めた光を、馨はどう宥めて良いのか解らなかった。 「光……」 双子の片割れが何を知って、何を考えているのか。今までは手に取るように理解できたというのに。 理解できない。 いや、理解したくないのかもしれない。 次に続く言葉を聞きたくなくて馨は耳を塞ぐ。 「馨が好き、愛してるって気付いたんだ。だから他の男なんか近付けさせない。僕だけの馨にする」 耳を塞ぐ手を取られ、耳元で囁かれた言葉に馨は堕ちてしまっていた事を知った。 まさか、二人揃ってこんな地獄に堕ちていようとは……。半身に愛を覚えるのは自分だけの罪で良かったのに。 目の前で光が衣服を脱ぎ、その意図を正確に把握する。 まるで金縛りにあったように動けなかった。 「悔しい……」 無意識に呟いた言葉に光が眉を寄せる。 「そんなに僕に抱かれるのがイヤなの?」 他の男に操立てたってムダだからね。と残酷な表情を覗かせる光に馨は後戻り出来ないところまで進んでいたのだと思い知る。 「……光に、道を踏み外させたんだ」 愛しているだって? それが聞き間違いだったらどれだけ良かった事か。 とうとう感情までシンクロしてしまったのかと思うと己れの身が恨めしい。いつ悪影響をあたえてしまっていたのかと考えても答えは見つからない。 抵抗すれば、全力で抵抗すれば無理強いは出来ないと解っているのに抵抗すら出来ない。 生まれたままの姿で、少しずつ距離がゼロへと近付く。 「ねぇ、ココに入れられるってどんな感じ?」 膝を開かされ、つうっと触れられて痺れが走る。 屹立したモノが光の目の前に晒されていて、光の言うように軽々しく男に身を許す淫乱な人間だと示しているようだった。 光の繊細な手が馨の身動きを封じ、まるで当たり前のように身体を重ねる。 ぴったりと磁石のように合わさる身体。 『あぁ、僕はこの瞬間を望んでいたんだ』 それでも……。 理性を上回った本能に支配されつつも、まだ理性は抵抗を続けていた。 「こんな事、光にさせちゃいけないのに」 拒まなけばならない場面なのに拒めない愚かな自分が悔しかった。 しかし。 まるで自分自身を責めているような言葉に、光も漸く馨の真の気持ちに気が付いたようだった。 途端に表情が柔らかくなる光。馨がどうして拒もうとしたのか、感覚的に理解したのだろう。 「僕のためなんでしょ、それってサ。僕を想うなら隣でずっと笑っててよ。そして僕だけを好きでいて? 他の奴なんて忘れてよ」 真剣な光に笑いさえ零れてしまう。 「男同士で双子の兄弟なのに?」 普通は拒絶すべきところじゃないのかと問う馨に光は安心させるかのように穏やかな口調で語る。 「それがどうしたのさ、馨だって僕の事を好きだって全身で示してるのに」 馨の表情が、その瞳が……。雄弁に語っているのにどうして気が付かなかったのだろうかと、呟く光に馨の頬が朱に染まる。 「兄弟だってさ、もしそうじゃなかったら一生馨に出会えなかったかもしれない。だから僕は双子でも兄弟でも男同士でも全然大丈夫」 壁には全力で体当たり、障害は乗り越えるためにあると、まるで環のようにポジティブな光を馨は愛しげに抱き締めていた。 それは馨の内の変化を示すもので……。 「ホント、光って何も考えてないんだから」 「そう? 考えたって馨を好きな事には変わりないしさ」 これでもたくさん考えたのだと言わんばかりの光に馨は全てを受け入れようと決心したのだ。 馨の態度の変化を感じて、光もその愛しい存在を優しく抱き締め返す。 「当たり前に思っていたけれど、二人がこうして生きてるなんてすごい奇跡だ。誰がなんと言おうと僕は馨と一緒にいる。他人なら別れちゃえばそれでおしまいだけど、もしも、勿論ありえないけれど僕達が別れたとしても兄弟の絆があるじゃん」 それは切っても切れない絆だと言う光に馨も頷いてみせた。 今まで自分は何を悩み考えていたのか。光の言葉通り、考えたって仕方がない事もあるのだ。 何よりも自分はこんなにも光を愛していて、求められて拒めるほど大人にはなれていなかったらしい。 今、本当に望むのは光だけで、それに気が付いた瞬間どんな計算も打算も常識も消え失せる。 「初めてだから、優しくしてネ」 これで光には全てが伝わるだろう。自分が光をどう想っているのか、そしてこれからどうしたいのか……。 キスを望むかのように馨が目を伏せる。 しかし光はそんな馨の顔をぐいっと持ち上げて、今までの疑問を並べ立てた。 「その前に色々と説明してもらわなくっちゃ」 さっきまでの穏やかに微笑む光ではなくて、殺気の満ちた光が『鏡夜先輩とどうなってんの?』『この写真って何?』と目で語っている。 「だーかーらー、誤解だってー」 久しぶりに二人にシンメトリーな笑顔が戻る。 世界は再び鮮やかな色合で、まるで二人を祝福するかのように輝き始めていた。 END 無事に両思いになりパッピーエンド。って事でよろしくお願いします。普段は文字より数字の扱う時間が長いので、自分で書いたものを読み返しても、離陸したのがなんとか着地したかなーぐらいにしか解らないのです。少しでも納得のいくオチになってれば良いのですが…。あと、どうしてもネットでの二次捏造を垂れ流しに出来ない部分は些か良心の呵責とともに規制しました。とりあえず、所詮エセ文字書きの愛の暴走、二次のなせる業と軽く流してもらえたらと思います。 あと、一つ伏線を張りつつも、蛇足かなーと思い書かなかった部分と、この17話の一部分(バレバレ!?)を補完してオフ本にしています。大筋での変更はありませんので、縦書きの本で読みたいという方がいらっしゃればお手にしてもらえたらと思います。 最後までお付き合いくださった皆様ありがとうございました。感想などあれば、次の更新の糧になりますのでお寄せくだされば泣いて喜びます。 |