当たり前の奇跡 15
「あれ? 起きてたの?」 おはようと声をかけてくる馨。いつもならその笑顔に癒されるのに今は顔すら見たくもなかった。 馨をどうしてやろうかと、怒りに支配されているのを自覚する。 嵐のような激情を努力で押さえ、より理性的にと努めてはいるがそれは成功しているかどうか定かでない。 ただ、効果的に馨にこの事実を突き付け、反省させ手を切らせるの事が最終目的なのに、それだけでは許せそうにない蟠りがあった。 二度とあんな馬鹿な事をしでかさないように、自分以外の人間に関心を向けないように、心にも身体にも染み付けたい。 その方法は判らずとも怒りだけは確固たるものだった。 とりあえず怒りの感情を隠して笑顔を作る。 「ねぇ、馨。このゲーム一緒にしない? 負けたら罰ゲームね」 朝からゲームなの? と言いつつも提案に乗ってくれる馨は優しい。その優しさを他になんてやるものかと光は誓う。 「負けたら何でも言う事きかせるから」 自信はあった。なにしろこの間からずっとやりこんでいるゲームなのだ。馨がパソコンに向かっている時などにしていたから経験値がまず違う。はっきり言って負ける気がしなかった。 罰ゲームと持ち出した光の自信に、馨も挑戦的な顔を見せる。 「すっごい自信だね。でもそう簡単にいかないから」 そうやって笑っていられるのは今のうちだけだと光は馨を見つめる。 風呂上がりのバスソープの仄かな匂いが鼻腔をくすぐり、光を刺激する。 『許せるはずないじゃん。馨が僕以外を選ぶなんて事、絶対許さない』 対戦ゲームはより慣れている方が勝つと決まっている。それを馨も知っているだろうから負けても良いと思って気軽に取り組んだに違いない。 罰ゲームなどとるに足らないと思っているのなら、その甘さを反省すればいい。 真剣に取り組む光と違い、気軽にゲームに参加した馨がそう簡単に勝てるはずもなく、ほどなくして馨はゲームオーバーの表示を見る。 「あー、もうー。イージーミスだったよね今の。で、今日はなんなの?」 いつもはヨーグルトにタバスコをかけるとか、一日女装するとか、そんな暇つぶし程度の罰ゲームだったから馨に焦りはない。 馨をベッドへと導きその端に腰を掛けさせる 「馨の全部を知りたい」 そう言って着たばかりの服のボタンを外してすべての衣服を下に落とす。驚いたように身を竦めシーツに隠れる馨。突然の行動に驚くのも無理はない。 何に着替えれば良いのかと視線が訴えているが馨に着せる服などありはしない。 隠しきれない背中のライン。その妙な既視感に目眩すら覚える。 『これはあの写真と同じだ』 困ったような表情、何か言いたげに震える唇。 肩から滑り落としたシャツまでもが同じだった。 「ちょっとどうしたのさ、光」 これから何が起こるか解らず抵抗もわずかな馨。なんの悪戯かと訝しく思っているのか。 なだらかな肩に薄くついた筋肉。どちらかというと細身の身体。 男の身体なのにこの色気はどうしたことだろう。自分以外の誰かがこの身体を欲望を秘めた目で見たかと思うと言い表わしようがない感情が湧いてくる。 どうして他の人間がした事を自分が我慢しなければならないのか。 理性は、正しくなすべき事を解っているのに感情は馨を他の人間と同じように貶めたくて……。 「あんな写真とらせるなんてバッカじゃないの? それと誰だよ、あれ」 写真という言葉に馨の表情が固まる。 「知ってたんだ、っていうか見たの? 勝手に? ……あっ、もしかして、鏡夜先輩が話した?」 写真の存在を知っているのは自分と鏡夜だけ。自分は光に見つかる場所には保管していないから、残るは鏡夜しかいないと馨が考えた訳だが、それは光が一番聞きたくない名前だった。 そして馨の言葉に今朝送られてきた封筒は鏡夜先輩が送ってきたのだと光は確信する。 これは自分に対する威嚇、牽制、所有権の誇示なのだと光が理解したのも無理はないだろう。 あの写真を撮った男と鏡夜を別に考えていた光だったが初めて二人が一つの線で結ばれた。写真に馨とともに写っていた男は鏡夜以外の誰でもなくて恐らく保健室の男は単なるカメラマンなのだろう。 逃げた人物ばかりしか気に留めていなかったが保健室のどこかに鏡夜先輩がいて狼狽える自分を笑っていたに違いない。 「そう。馨の口を犯してたのって鏡夜先輩なんだ……」 保健室であんな事していたなんて。馨があんな事をしていただなんて。 「馨の淫乱。適当な所で手を打つなら僕がいるじゃん」 どうして自分を選んでくれなかったのか。いつも歩んできたのは自分ではなかったか。 身を乗り出して、逃げようとする馨を捕まえてシーツの下に手を入れる。触れた膝から太股の内側を上へと伝う。 依然はスラックス越しだったが、吸い付くような感覚に光は自分が何を求めているか自覚していた。 |