当たり前の奇跡 10





「おはよ、馨」
 光のモーニングコール。たまにこうやって互いを起こし合うのだけれど。
 今朝に限ってはあまり眠った感覚がない。なにしろ昨夜自分が眠ったのは光よりも二時間は後だったのだ。鏡夜先輩の指示で会員限定ページを作っていたのだから眠いのも当たり前と、馨はもう一度眠ろうとする。
 しかし、
「お・は・よ、馨」
 にっこりと笑顔を浮かべる光がありえない程近くに、むしろ目の前にあって、どういう状況なのかはまだ把握できなかったが、まるで金縛りにあったように身体が重かった。
「重いよ」
 まだ鈍い動きの頭では何が起こっているのか理解できなくとも光に伸し掛かられているのだけは解る。
 いい年してプロレスごっこ? と、眠い中必死に考えるが優先されるのは睡眠で……。
「もう朝?」
 どうせ、中々起きない自分に実力行使に出たところだろうと、馨は光を自分の上から退かそうとするが光は梃子でも動きそうになかった。
 そうこうしているうちに段々と意識もはっきりとしてきて、部屋の暗さからまだ夜が明けていないのが解って馨は舌打ちした。
「どうしたのさ」
 不機嫌を隠そうともせず光を詰問するが、それはいとも簡単に無視された。
「……馨」
 切なげに耳元で囁かれドキリとしてしまうのは恋の為せる業だったが、努めて馨は冷静であろうとした。
「恐い夢でも見たの?」
 というかこれが夢であってほしいところだったが、夢と現実を間違えるはずもなく、馨は自分が危機的情況にあるとため息をついた。
「そんなガキじゃない」
 履き捨てるような光の言葉に、『あぁ、光は昨日の朝から機嫌が悪かったっけ』と思い出す。
 だからってコレはナイでしょ?
「馨……」
 光の吐息が首筋にかかる。そして身体の奥底から呼び覚まされる劣情。
『ヤバイよ、光』
 頭が冴えてくると両手が頭の上で光に捕らえられているのが解り、ぴったりとくっついた胸が呼吸に応じて圧迫される。
 勿論自分の足も光の足に挟まれて簡単に身動きできないようにされていた。
『こんなのひどすぎるよ』
 まるで襲われているみたいだと思うと同時に身体が反応するのが解る。
 知られたくないのに。
 絶対に、こんな汚い感情を光に知られたくないのに。
 別の事を考える事で紛らわせようと馨は目を瞑る。
 昨日からおかしい光。
 勝手に一人で登校するし、授業中も機嫌が悪かった。話し掛ければ普通なのに、あれは作った『光』だった。
 部活でも隠しているつもりだろうが機嫌が悪いのは一目瞭然で、ハルヒが心配そうにしていた。
 いつもなら、先に寝る時でも必ず誘いにきてくれていたのに昨夜は何も言わず先に寝ていた光。
 ほんの少し淋しかったけれど、いつまでも一緒に行動するのはおかしい事なのだからと自分に言い聞かせて光が離れていくのを受け入れようとしていた。
 さらにその前の夜は自分が初めて光を想いながら欲望を処理した夜だ。
 低俗でうるさい番組を見るフリをして光を盗み見しているうちにどうしようもなくなって……。こんな時寝室まで一緒というのは忍耐を試されているようなものだ。
 襲わないだけマシかとも思いつつ、鏡を見ると同じ顔があって……。
 健康な男子だから仕方がないとは思うけれど、相手が光だという罪悪感といつまでも光を忘れられない自分の女々しさに虚しさが増す。
 この想いを忘れようとは思っているのだ。他にも目を向けて光の事を考えなくても良いようにと。
 なのに、こんな風にスキンシップをされると身体は正直だった。心臓の音がいやに大きく聞こえる。
 このままだと襲ってしまいそうだった。
 いやこの体勢だと襲われているになるのか。
 自分的にはどっちでも良い気もするが、光は男の矜持とか気にしそうだから押し倒したりしたならきっと二度と自分とは口をきかなくなるだろう。
 保健室での事もかなり聞きたがっていたから、とうとう我慢が出来なくなったのかもしれない。
 どうすれば光の機嫌を直せるだろう。
 光が身じろぎするたびに言い訳出来ない状態になってしまいそうになる。
「何をそんなに怒ってんの?」
「別に、……怒ってない」
「じゃあなんなのさ、これは」
 無理に腕を振りほどいて光の頭を首筋から引き剥がすと恐いぐらいに真剣な眼差しで見つめられる。
「……光?」
 見慣れぬ表情に様子を伺っているとゆっくりと顔が近付いてくる。
「馨」
 キスされる! そんな危機感に慌てて顔を逸らす。
 ぴりぴりとした緊張感。
 どうやってこの場をやり過ごそうかと考えて、わざと声音を変える。
「えっと……、初めてだから、優しくしてネ」
 冗談っぽく聞こえるだろうという思惑だったが意外にも光は複雑な表情をしてみせた。
 一瞬拘束する腕が弱まったのをきっかけに、光から逃れるように身体を俯せる。
 これでもしもの事になっても光に気付かれる事はないだろうが、背後から抱き締められているような体勢はどうも無防備なようで、鋭敏になった神経が光の一挙一動に反応する。
「ちょっと光、ホントに重いんだって」
 同じサイズと言えども人一人分の重さは軽いはずもなく抗議の声を上げるが光は聞き入れようとはしない。
 それどころか妙な所に食い付いてくるではないか。
「ねぇ、本当に初めて?」
「あぁ? そんな冗談にのってこないでよ、ギブ!ギブだって」
 本当に重くて苦しいはずはなかったが、光と密着している状況に音を上げると、渋々光は馨を自由にする。
 馨が光の下から抜け出すその一瞬、馨は最後に見た光の表情に震えた。
 なんて男っぽい表情をするようになったのだろう。いつものような子供の顔でなかった光に忘れようとした決心が揺らぐ。
 忘れたいのに、忘れられない。
 彼の成長と未来を見つめ続けるだけで満足なはずなのに。


『僕はいつまでこの気持ちに振り回されたなら解放されるのだろう……』


 気まずさを背を向ける事で誤魔化し馨が再び眠ったのは明け方近くになっていた。







だらだらと続いてすみません。なるべく早く終わらせjますので……。
早く光と馨にはラブラブになってほしいなぁ…(遠い目)





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