雨後の月




 寒い中、春の訪れをいち早く告げる草花達。馥郁とした香の梅や桃の清楚でいて燐とした花を見るようになり、そして散りぎわの潔さがどこか切なさを醸し出す桜が蕾をふくらませる。
 そんな中、棋院からアキラに対してゴールデンウィークに開催される北斗杯の団長を務めてくれないかと打診があった。
 勿論二つ返事で了承したアキラは棋院の帰り越智と出会ったのだった。軽く会釈するだけのつもりが、越智の言葉で阻まれる。
「これから研究会なんです」
 唐突な言葉は顕らかに自分に対して投げられたもので、アキラは礼を失しないようにと越智に向き直る。
「勉強熱心だね。で、どこの?」
 特に興味は無いもののアキラは一応聞いてはみる。それはただの社交辞令的な意味合いの言葉だったのに……。

「塔矢門下の、ですよ。まぁ貴方は去年の末頃から顔を出されていないから、ご存じないでしょうけどね」

 これ以上ないほど空気は凍り付き、越智の嫌味は的確にアキラの急所にヒットした。
 確か緒方の伝手で顔を出すようになったと小耳には挟んでいた。だが、今の今まで思い出しもしなかったのだ。
「色々、忙しくて……」
 言い訳だと解っているから、言葉にし難い。
 いつのまにか自分達と同じく青年になった越智は昔の癖そのままに、眼鏡を押し上げてみせた。
『彼は僕の嘘を見抜いている』
 アキラがそう思い、居心地が悪くなるのは当たり前だろう。
「今を時めく塔矢若先生ですからね。時間があれば、門下の研究会にも参加してくださいよ。僕は貴方の意見が聞きたいんですからね」
 冷汗をかく自分がいる一方で冷静な自分が見つめているようだった。そんな逃げの感覚で自分を守ろうとしている自分が可笑しくて思わず鼻白む。
 確かにヒカルとの時間を優先するあまり、家にはめったに顔を出さなくなった。
 囲碁の勉強ならいつでも出来るからと。
 それでもけっして囲碁を蔑ろにしていた訳ではない。
 ヒカルと恋人同士になり、今まで以上に打つ回数が増え、互いに勉強となった。だがそれは言い訳でしかない。
 やっと手に入れた恋人と、ずっと一緒に居たいだけなのだ。とどのつまりは。
 後先考えず、ヒカルと行動してきた己れを見なおすべきなのか?
 過去の自分を振り返ってみると、いつばれてもおかしくないような行動を多々としている。
 今までの自分には考えられないような。他人が評価するなら浮ついた行動の数々。
 だがそれは全て進藤ヒカルという恋人が愛しいがためなのだ。
 しかし愛しいと思うなら、それなりの行動が求められるのではないだろうか。
 アキラは思わず堅く握り締めた手をゆっくりと広げた。視界には越智の姿は映っていなかった……。








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