簡単な挨拶を済ませて、時間が勿体ないとばかりに撮影が始まる。目の前のカメラマンは二十代後半ぐらいか。
一見スポーツ選手に見えなくもない風体に不精髭。
集中すると周りが見えなくなるのか撮影時間もかれこれ一時間は経過していて、その間シャッター音が休む事は無い。
少々緊張気味のヒカルに、カメラマンは無駄とも思う内容の質問をし、そして自然と緊張が解れる頃合が今頃という訳だ。
「どうせ、ワンカットなんでしょ、俺疲れたよ」
一時間も注文通りに動いたり笑ったりしていると、普段以上に疲労が蓄まるような気がしてくるから不思議である。
そんなヒカルをファインダー越しに見ながらもカメラマンの手は休む事なくシャッターを押し続ける。
「素人写してんだから仕方ないよ。一発で良い表情なんて撮れないからね、それに被写体が男ってのも気にくわないな」
気にくわないと断言されて嬉しい人間など居るはずも無く、ヒカルもまた例外ではなかった。
まだ柔らかなラインを残す頬を膨らませる。
「じゃあ、なんで引き受けたんだよ」
ヒカルの不機嫌な顔にやっとカメラを下げ、意外と人懐っこい笑みを作ってみせた。
「うーん、やっぱり先立つものも必要だし。前に塔矢アキラだっけ? ピンチヒッターで撮影した関係でお声掛かったんだと思うよ」
塔矢の名前が出た事でヒカルの表情が変わる。
「ふーん。塔矢撮ったんだ」
あのグラビアだろうかと考えるヒカルに再びフラッシュが浴びせられる。
「あぁ、進藤君今の表情良いね、もう少し上目遣いしてみて」
何本のフィルムを使えば気が済むのか、また新しいフィルムが装填されたのを見て、ヒカルも黙って注文に答える。
早く終わってもらうためには素直にしておくのが一番と、すでに悟りの境地に入っていた。
しかし、不意にシャッターを押す手が止まる。
「なんかイマジネーションが違うんだよ、俺の撮りたいのと」
ため息をつくカメラマンにヒカルもため息を付きたくなる。たった一枚の写真を撮るだけにどれだけ時間が掛かれば気が済むのか……。
「ちなみに専門なんなの?」
一応聞いてみるが、カメラマンと名乗るなら好き嫌いで仕事をしてもらいたくないという嫌味も多少含まれていた。
「女のヌード。どんな女でも綺麗に写す自信あるね。というより俺、アイコラ得意だし。殆ど修正しちゃうから」
楽しそうに答えるカメラマンにヒカルは脱力感を感じていた。
『そりゃ男を撮っても楽しくないだろうよ』
いい加減早く解放して欲しいと言い掛けたヒカルに、カメラマンは立ち上がって事務所のパソコンへと向う。
「見てみる?」
手招きされてヒカルも興味が湧き、ライトの下から抜け出した。パソコンを操作しながら含み笑いを向けられる。
「これは先週撮影した、奈瀬ちゃん。これが、じゃじゃーん。はいヌード、もちろん合成なんだけどね」
鼻の下を伸ばして楽しげに解説するカメラマンにヒカルの意識が一瞬にして遠くなる。
もちろんその馬鹿馬鹿しさにだ。それにこれは肖像権の侵害というものではなかろうか?
てっきり大歓迎を受けると思っていたのに、それとは別のヒカルの反応にカメラマンもしまったと思ったのかそそくさと仕事へと戻る。
そして、渋々と元の位置へと戻ったヒカルに投げ掛けた言葉が……。
「そうだ、進藤君、その服脱いじゃってみて」
軽い感じで言われてしまって、ヒカルが唖然とする。
開いた口が塞がらないとはこの事だった。
|