スキャンダラスな彼女 7




 進藤ヒカルの元に幼なじみのあかりから電話がかかってくるときは大抵がトラブルのおまけつきだ。
 新しく買い替えた携帯には大勢の友人達の電話番号が入っているしメールのやり取りも頻繁にしている。
 誰でも分け隔てなく仲良くなれるし、それを苦と思う性格ではないとヒカル自身も思っている。
 その中でも最も古い付き合いの幼なじみからの電話だけは、思わず着信拒否をしたくなるほどヒカルにとっては鬼門ですらあった。
(あのさ、ヒカル。お願いがあるんだけど)
「お前のお願いってろくなもんねーじゃん」
 ヒカル言葉を無視し、あかりは続ける。
(実はね、また三谷くんの下宿先に行くんだけど、その日どうしてもお店休めないんだよね)
 またか、とヒカルは肩を落とす。
 あかりが三谷と付き合いだしたのはつい最近で、なんでも葉瀬中囲碁部の同窓会で意気投合したというのだから、世の中何があるか解らない。
「そんなバイト辞めればいーじゃん」
(えー、折角緒方先生が紹介してくれて、バイト代だって破格なのよ〜)
 三谷が進学した大学が地方にあるため、頻繁に通うあかりにとって緒方が紹介した仕事は掛け替えのない収入元であり辞められないものであった。
 たとえそれが夜の仕事であって、親にも秘密のバイトであってもだ。
 ヒカルも経験したから解るがホステスといっても高級クラブとなるとその質はイメージと全く違う。
 見た目も綺麗だけでなく、機知に富んだ会話が出来なければならないし、客筋も一般的なサラリーマンが通えるところではない。
 それこそヒルズ族と呼ばれるような人種でなければ無理であろう。
 だからこそヒカルもあかりに紹介したのだが、まさか自分があかりのピンチヒッターで駆り出されるとは夢にも思わなかったのである。
 どうしても休めない日に休まねばならないからと頼み込まれ渋々了承したのがそもそも間違いだった。
 ヘルプについているだけとはいえ、緊張の一晩だったし、その夜はずっと笑顔も引きつっていたように思う。
 翌日、頬の筋肉が痛かったぐらいだからその緊張たるや想像に難しくないだろう。
(日当の半分出すから、ね?)
「ね?ってお前なぁ、俺だって仕事あるんだぜ」
(じゃあ思い切って8割!)
「金の問題じゃなくって、俺はもうあんなの懲り懲りなの!」
(……解ったわよ、有給使うから……、その替わりヒカル、衣裳の買取りしてくれるよね?)
 毎回同じ服では店に出られないからと給料の大半は自分を美しく装うために使われるが、それだけに投資する訳にもいかず、ほんの数回着ただけの服をあかりから押しつけられているヒカルなのだ。
 甘いと思いつつも、センスの良い服は女らしく装うのに必須アイテムだからヒカルにとっても悪い話ではない。
 ただほんの少し派手であったしヒカルの身長からすればスカート丈が少々短すぎる。
 しかし、それを見せたい相手はヒカルがどんなに綺麗に装っても興味すらないようなのだ。
 どんなに綺麗で女らしい格好をしていても称賛された事は無かったし、それどころか眉を顰められて上から下まで見られた事もある。
 その日はいつものように会話が弾まなかったので、ヒカルは自然と美しく装う事を控えるようになったのだが、その結果、女として見られていなかったでは本末転倒も甚だしい。
 そんなヒカルの沈黙をものともせずあかりは続ける。
(ところで塔矢君とはどうなってるの? 正直に話さないと必勝メイク教えてあげないからね)
 お前が教えるメイクってしすぎなんだよ、と言いたいところだったがそれを言うと 『だからヒカルは色気が無いのよ』などと言われかねないのでヒカルは聞かれた事をつっけんどんに答える。
「もう別れた」
(えぇ、やだ嘘、塔矢君って昔っからヒカルのストーカーっぽくってさ、一時イイ感じだったじゃない?)
「なんか俺に興味ないみたい。あいつが興味あるのは囲碁だけなんだよ」
 そうなのだ。
 あの状態でキスとかしなくて、それどころか『君とこんな関係になりたかった訳じゃない』だなんて人を馬鹿にするにも程がある。
 そもそも付き合ってほしいと言い出したのはアキラの方だったのだ。
 しかし思い返せば、それよりも昔にヒカルが付き合ってほしいと言った時にアキラは断ったのに、どうして自ら告白するような行動に出たのか疑問もある。
 だが、それはやはり囲碁でしかないだろう。
 世間的に恋人同士であれば常に一緒にいるのが当たり前だし、それを理由に会う事は容易い。
 ヒカルは自分の恋心を利用されていたのかと思うと悔しさがこみあげてくる。
 それは女としてのプライドを傷つけられたという事でもあって、ヒカルは自信を回復させるためにも誰からも認められるぐらい綺麗になりたかった。
 もっと女らしく綺麗であればアキラも見方を変えていただろう。
 所詮、つけ焼刃での装いは似合っていなかったのだろうし、アキラの前で自然体でありすぎたに違いない。
 普段からラフな格好が好きだったし、例え男っぽいとか色気がないと言われようとTシャツにジーンズという姿が一番似合ってるような気がしていたのだ。それにありのままの自分を受け入れてほしかったというのもあった。
 だがそれは間違いだったらしい。
 もしくは、もっと自分に色気があれば例えラフな格好をしてようと状況は違ったのだろうか……。
 あの夜だって緒方から電話を貰ってから化粧する時間もなくタクシーに飛び乗ったのだが、せめてスカート姿だったらとヒカルは思う。
 黙り込んだヒカルに電話の向こうのあかりは深く詮索する事無く明るい口調を保つ。
(どうせ今もジャージ姿なんでしょ、女は常に意識してないと廃るんだからね。今度の休みにでもヒカルに似合う服見繕ってあげようか?)
 アキラとの事を根掘り葉掘り聞かれたくないヒカルの心境を察してなのか、話題を変えたあかりにヒカルは感謝する。
「どうせ女らしくないですよーだ」
 悪態をつきながらも、今まで付き合ったのはアキラ一人だったし、そのアキラとも男女の仲になれなかったのは、やはり自分が女らしくないからだろう。
(ヒカルは素材が良いんだから研く努力しなくちゃ)
 あかりの言葉にヒカルは背中を押されるように答えていた。
「解ったよ、代打は無理だけどさ、手持ちの服で俺に合うサイズがあれば下取ってやるから。あと買い物付き合ってくれると助かる」
 つい自分だと楽な服を選びがちだが第三者の目で選んでもらえれば違う自分になるのも可能だろう。
 そして今までの進藤ヒカルは捨てて新しい進藤ヒカルになるのだ。


 いつか、囲碁だけではなく女としてアキラを振り向かせることが出来るように。





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