スキャンダラスな彼女 6




 僕は鳴らなくなった携帯電話と睨み合いを続けながらも、あの夜の進藤を思い出していた。
 涙を浮べながら飛び出した進藤。抱き締めた時の華奢な身体つき。そして進藤の捨て台詞……。
 僕の中で生まれた疑問と葛藤は決して小さくはなく、悶々と考え込めば寝食すら忘れてしまえそうな程だった。
 考える事といえば進藤の過去。
 僕の知らない進藤と、彼女を取り巻く男達。
 いっそ嫉妬という感情を認めてしまえば楽になるのだろうか……。
 僕が愛したのは『彼』だったというのに、僕の『彼女』に対する行動はすべて嫉妬の為せる業だったのか?
 あの時感じた欲望は紛れもない本物だったが、それでも彼女を拒絶した自分の行動は正しかったと自信があった。
 何故なら勢いで彼女を抱けるほど、僕は彼女を愛しているつもりなど微塵もなかったからだ。
 仮に付き合っているのだからという大義名分のままに彼女を抱いてしまえばこんな気持ちにはならなかったに違いない。
 勿論それなりの後悔もあっただろうが、今の悩みとは違った悩みを抱えていただろうと、僕は同じ思考を諦める事なく何度と繰り返していた。
 あれから一ヵ月弱。
 会話もなければ連絡すらない日々。
 それに気付く事無く僕は無駄な思考を繰り返す。
『塔矢のホモ野郎!』
 進藤の捨て台詞はある意味当たっていた。彼女を抱けなかったのは、まだ男の進藤ヒカルが好きだからなのだ。
 しかし男のヒカルは愛せて、どうして女のヒカルは愛せないのか? 自問自答して僕はある答えに辿り着く。
 キーワードは簡単だった。
 それまで否定し続けていた嫉妬という感情を認めてしまえばパズルはあっさりと答えを示す。
 馬鹿なのは僕だったのだ。
 どうして彼女を愛せないのか……。
 それはすべて僕の内にある嫉妬心のせいだったのだ。
 彼女を取り巻く男達。
 そして過去の男達が気になるだけで彼女を愛せないなんて、愛する資格がないという事だ。
 だがそれに気が付いたところで僕は彼女を愛せるのかどうか自信は無く、悩んでいるうちに僕達の関係は自然消滅していたのだった。
 初めにその事実に気が付いたのが第三者による指摘であった事もショックだったが、進藤の携帯電話の番号が何の連絡すらなく変わっていた事にもっとショックを覚えていた。
 碁会所で市河さんに『もしかして進藤君と別れちゃったの?』と聞かれ、違うと否定するより先に芦原さんが『アキラ君にはもっとお似合いの女の子がいるさ、別れて正解だったよ。うん』などと勝手に答えられてしまって僕は何も言えなくなっていた。
 何故なら、誰もが僕の判断が正解だったと口を揃えたからである。
 口の悪い人になると、進藤のような男か女か解らないような奴と付き合っている事からして何かの間違いだったと安堵すらして見せて、僕は一層不愉快になっていた。
 誰が誰と付き合おうと勝手でしょうと言いかけたが、火に油を注ぐようなものだと僕は口を噤む。
 事実、その時になって初めて、もうすでに一ヵ月も連絡がない事に思い当たり僕は愕然としたのだった。
 他人に気付かされ、また噂が一人歩きしていたという事にショックを受けた僕の次の行動は早かった。
 しかしその行動によって僕はさらなるショックを受けたのである。
 意を決して携帯電話の番号を押してみれば、その番号はすでに使われなくなっていたうえに、一ヵ月を経過したという事で変更案内すらしていなかったのだ。
 勿論メールアドレスも変更されていて、僕のメールは今の感情と同じように僕へと返ってくる。
 進藤が連絡しなかったという事は、それを彼女が拒絶したからに他ならないうえに、類推するにあの夜から二日と経たずに進藤は携帯電話を解約したに違いなかった。
 絶縁状を叩きつけられたような気分のまま僕は戸惑っていた。
 進藤がどうして僕から連絡する術を取り上げたのか、という答えは簡単だったが頭では理解できないというか納得できなかったのである。
 おまけに僕のプライドは、進藤の自宅の電話番号を調べる事を否とし、僕の他に彼女の携帯電話の番号を知っているであろう者に尋ねるという行動を禁止した。
 思えば馬鹿なプライドであるが、この時の僕は進藤に袖にされた事を認められなかったのだ。
 その間でも噂は相変わらず耳に入ってきて僕を苛立たせた。まるでお節介な第三者がお膳立てでもしているかのようだったが、おかげで僕はより頑なになっていった。
 誘われれば誰とでもデートをし、色気を増したという彼女。
 そんな彼女の姿を棋院で見かけたが、隙の無い化粧と装いは僕を拒絶しているかのように別人そのものだった。
 声すらかけられず、おまけに進藤が『碁で俺に勝ったら好きにしていいぜ』などというセリフを口にしていたと知って、僕は漸く彼女に必要とされていないのだと悟る。
 理由も聞かないままフェイドアウトするのは真意ではなかったが、それを進藤が望んでいるなら仕方なかったし、彼女にしてみれば理想を押しつけられるより、ありのままの自分を愛してくれる男と付き合ったほうが良いに違いなかった。
 元はと言えば僕が彼女を傷つけ弁解する機会を逸したのが悪いのである。今更、どの面を下げられるというのだ。
 第一に関係を修復したところで彼女を愛せる自信はないのだから丁度良かったと言えよう。
 だが情けないことに、僕の進藤に対する関心は全く色褪せなかったのである。





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