スキャンダラスな彼女 3




 いつの間にか距離を取っていた。
 進藤の着飾った姿が、酒が喉を焼く感覚と共に忘れられないでいたからか。
 決して、避けているつもりはなかったが、会う機会が減っているのは疑いようもない事実だった。
 いつもなら進藤と過ごす日を、別の研究会や棋院に顔を出す事に費やすうちに、以前よりも増して噂が耳に入ってくる。
 日曜の棋院。
 聞くつもりなど無い立ち話に、思わず立ち尽くしたのは、進藤の名が会話の中に上がったからだ。
 小声で話しているつもりなのだろうが、僕の聴力は正確に会話を聞き取っていた。
「そこでさ、たまたま進藤ヒカルに誘われたんだよ」
「まさかラブホ?」
「バーカ、森下九段の研究会だよ」
「なんだよ、面白くともなんともねーじゃん。第一本当に誘われたのかよ」
「相手はあの進藤ヒカルだぜ? それにさ、その日の進藤ヒカルの格好が超ミニでさ、足なんかも細いのに形がキレイで見えそうで見えない感じでさぁ、あれは絶対俺を誘ってるってみたね」
「そりゃないだろ、あの人は塔矢アキラや緒方精次とか、その他でも自分より上段を狙って付き合ってるって話だぜ」
「そんな事誰でも知ってるさ、でもよ一回ぐらいおいしい思いもしたいじゃん、意外とスタイル良いらしいしさ」
「お前なんか手玉に取られるのがオチだろ」
 ちらりと見かけた院生達は、僕とそう背格好は変わらなくて、またその会話の内容に思わず下唇を噛んでいた。
 何を僕はこんな不安な気持ちになっているのだろう。今までに囁かれていた噂と大差ないではないか。
 単に進藤の事を噂されていただけなのに、彼らが進藤をどう思っているかを知って僕は不安を感じているのだろうか……。
 確かにいくつかの複合的な要因はあるだろう。
 まずは、『火の無い所に…』という言葉があるように、彼らの話が根拠の無い出任せだと断言出来ないからかもしれない。
 僕だって夜の街で進藤を見たし、その姿は紛れもない『夜の女』にふさわしかったのだ。噂どおりの女である可能性は否定出来ないものがある。
 そして付き合っている男の名に緒方さんの名があった事も、不安になる最大の原因かもしれない。
 あの夜から、緒方さんと進藤の繋がりを疑っている僕がいて、今の会話に緒方さんの名があったことで確信すら覚えていた。
 僕が好きになった『進藤』の名誉を守りたかったから、根拠の無い噂など消えると思っていたから彼女の時間を拘束したのに……。
 全てが事実なら噂が消えるはずがないではないか。
 僕の知らない本当の進藤。
 そして知ろうとしなかった僕。
 スキャンダルはお断わりだ。なのに自分から巻き込まれるような行動をしているなんて……。
 真実を知らなければ……。
 そんな強迫観念にも似た思い。
 知ったところでどうなる? 知ってどうする?
 その答えは浮かばない。
 だが、現実から目を逸らすことが出来ない性分なのは僕自身自覚していて、その後、緒方さんのマンションに押し掛けた僕はさらにる泥沼へとはまっていく事となる。




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