砂漠の風9
あの日から十日が過ぎた。アキラの事を考えるとそれだけで胸が痛くなるような感覚に戸惑いつつも、一緒に居ると高揚感に包まれる。 最初こそは過剰なスキンシップに怒ったりもしたのだが、最近ではすっかり慣れたものだ。 佐為が知ったような口振りで、愚痴めいた言葉を口にしていたがそれもすっかり鳴りを潜めている。 二人きりのアキラの部屋で寝支度を整えているヒカルは大きな鏡の中の自分と向かい合う。大きな瞳、小さいけれどふっくらと色艶の良い唇。色白の肌に丸顔のどこから見ても愛らしい少女。客観的に見て器量は良いほうだ。 アキラはどう思っているのだろう……。 周囲の者達から日毎送られてくる花嫁支度に戸惑いつつ、嬉しそうなアキラを自分は捨てていけるのかと自問する。 髪を梳かそうとして止まったままでいるヒカルの手中の櫛をアキラが奪う。 「何を考えてるの? もしかしなくても僕の事?」 まるで宝物でも扱うように髪を梳かれて、ヒカルは自分が特別な存在であるかのように感じてしまい、そんな自分を戒める。 「近頃、よく考え事してるよね。少し話そうか?」 アキラはそう言うとヒカルの手を取り、ベッドまで誘う。縁に腰掛けて膝の上に座るように手招きされてヒカルの頬が赤く染まった。 「お前の、ソノ上にかよ」 親密な恋人同士のように膝の上に座るというのは未だ抵抗がある。 傍らで佐為が『塔矢の作戦ですからね、気を許してはなりませんよ』と注意を促すが、正直に言って身を任せてしまいたいという気持ちがヒカルの心の中に芽生え始めていた。 その気持ち自体が大いなる勘違いだとは思いたいが、どうしてだろうか理性と感情は異なる主張でヒカルを悩ませる。 少しの戸惑いの後、ヒカルはそっとアキラの隣へと座りつつもそっけなく視線を逸らす。 「おっ、お前の膝の上になんて座ったらいつ襲われるか……」 ヒカルの言葉にアキラも苦笑しつつも同意するかのようにヒカルの太ももに手を置く。 「そりゃあ僕だって正常な男なんだ。たまには暴走してしまいそうにはなるね」 アキラの不埒な手がヒカルの衣服の裾をたくし上げるような仕草を見せたので、ヒカルの身体は飛び上がらんばかりの動揺を示した。 「暴走!? それはダメッ絶対にダメッ」 慌てたヒカルがこれ以上裾丈が短くならないように衣服を押さえようとするが一瞬早くアキラの手が内腿の隙間に入り込む。 「じゃあ少しだけ解禁にしてほしいなぁ」 その手を動かしたら殴ってやると決意するヒカルだったが、さすがにアキラも『触れない』と約束しただけはあって、(実際には反古にしているとはいえ)紳士らしくそれ以上は動かさない。 まったく何を言い出すのやらとヒカルはため息を一つ落とす。確かにまだ枯れるには幾歳月もある男として我慢するにはキツイものがあるだろう。 自分だって男として成長していたなら毎晩可愛い女の子と添い寝していて暴走しないとは言いきれない。 暴走したアキラに襲われて最後の一線を越えるかそれとも少しは許してやった方が良いのか……。 「例えば?」 ヒカルが妥協案を探すかのようにアキラの端正に整った顔を見つめると、涼しげな目元に情熱を浮かべたアキラがヒカルの耳元で囁く。 「許してくれるなら何でも。『触る』がダメなら『見る』でも良いし」 触るってどこを? 見るってなにを? 一瞬にして凍りついたヒカルだったがワントーン低い声といつになく鋭い眼光でアキラを威嚇する。 「……全部ダメ」 こんな奴に妥協しようとした自分が間違いだったと考えを改めたヒカルの傍で、佐為が事の成り行きを見守るように艶やかな笑みを浮かべている。ヒカルの胸の内を誰よりもよく知っているからこその微笑み。 「残念。少しぐらい許してくれるかと思ったのに」 まるで毛を逆立てた猫のようなヒカルを宥めるように、アキラはヒカルの金の前髪を優しくかきあげて、その額を露にした。 「進藤……」 殊更ゆっくりと近付くアキラにヒカルは怒りも忘れて目を奪われる。そしてそれ以上に早くなる鼓動に偽らざる気持ちを思い出していた。 「塔…矢?」 額に軽いキスをされたヒカルが躊躇いがちにアキラの瞳を覗くと、そこには欲望の見え隠れする男の眼があった。 アキラが自分を望んでいるのは言動で充分に知っているつもりだったが、瞳の雄弁さに改めてアキラの気持ちを自覚する。 ここで自分が力を抜けば、アキラは行動に出るだろう。 それだけは許してはならないし、まず出来ない相談だった。何故なら自分の本当の性別は男であって、アキラを受け入れられるものではないのだ。 「これ以上は……」 今は仮初めの姿であるからして、元に戻った時にアキラは騙されていたと激怒するかもしれない。それなら初めから何も無い方が良いのだ。 「恥ずかしいの進藤? 君は僕の伴侶なのに」 強ばったヒカルの身体から明らかに拒絶の色を汲み取ったアキラは残念そうにしつつも身体を引く。 「まだ決めた訳じゃ……」 伴侶になるとは決めたわけではないが、ヒカルがアキラに惹かれつつあるのをアキラも知っているのだろう。 一ヵ月一緒に過ごして、納得出来れば伴侶になると約束をしたヒカルが何故惹かれているというのに躊躇うのか理解出来ないのかもしれない。 「いいよ、おやすみ。ヒカル」 納得出来ないものの、焦るべきではないと判断したのかアキラはいつものように優しく微笑み、ヒカルを自由にするとその傍らに寝場所確保する。 程無くして寝息を立て始めたアキラの横でヒカルの意識は覚醒したまま休むことを知らないでいた……。 |