砂漠の風10
ヒカルが眠ったのは、太陽が昇るほんの少し前だった。アキラの寝息を傍らで感じながら、ずっと考えを巡らせていたのだ。 すっかり日が高くなってしまってから目が覚めたヒカルは隣にアキラがいない事を確認し再び思考の中へと身を投じる。 偽らざる気持ちはアキラへの好意。好きだという感情。 それでも、どうして自分はアキラの事を好きになってしまったのだろうかとヒカルは考える。 男に戻りたいのは事実だ。それに佐為だって元に戻してやりたい。 いつかは男に戻るのだという強い決意はあるけれど、好きだという思いは紛れもない真実で。 普通に女に生まれ育ってきたのなら、喜んでアキラの伴侶となっただろう。そして互いの肌を重ね、互いの熱を分け合うのだ。 男が本質の自分には決して叶わない願い……。今は女の姿であってもいつかは男に戻るのだ。 それでも……。 伴侶にはなれないけれど、身体を一つにするのはどうだろうか……。 悪魔の囁きがヒカルを甘く唆す。 好きなんだから良いじゃないかと甘く甘く囁く。 『そんな破廉恥な……』 ヒカルの思考が伝わったのか、佐為が否定的に呟く。伴侶となる訳でもなく一時の熱情に流されるなど以ての外、許される事ではない。 『でも、俺。アキラの事が好きなんだ……』 村を出た身では、例え男に戻れたとしても大手を振っては帰れない。ヒカルが失踪したため、今頃婚約者のあかりは他の男の伴侶となっているだろう。 それだけではない。自分自身、アキラの事を思うだけでいつもの自分でなくなるというのに……。 あの眼差しで見つめられ一晩中抱き合えたならどれだけ幸せだろうか。 佐為を元に戻す方法を探すとしても自分の身体は……。 「俺、女のままで良いや」 言葉にしてみて、ヒカルは自分の願いがどこにあったかを強く自覚していた。 アキラを受け入れられる身体があるというのに、これ以上自分の心を誤魔化す事は出来はしない。 『アキラは優しいし美男子ですしね』 仕方がないというふうに佐為も苦笑する。 ずっと近くにいて、ヒカルの心の移り変りを見てきた佐為だ。いつかヒカルが己れの感情に気付く時がくるだろうと予想していた。 そして佐為もこのままヒカルが女として生きる幸せもあるのではないかとずっと考えていたのだ。 正直に言って自分も元に戻りたいが、何故だろうかヒカルの事の方が気に掛かる佐為である。 「佐為、変だと思う? 俺本当は男なのにアキラに惚れてさ」 『いいえちっとも』 変ではないとヒカルを肯定して佐為は改めてヒカルの愛らしい姿形を意識する。 くるくるとよく変わる表情。魅力的な瞳。 女としての成熟はこれからだろうが、それでも初めて出会った時よりも色香を醸し出すようにはなってきた。 特にヒカルがアキラに心惹かれてからというもの、それは顕著に現われている。 「あのさ、俺塔矢に抱かれても良いや。探してくる」 『ちょっとヒカルっ! お待ちなさいっ』 猪突的な行動に佐為は脱力する。行動という一面に関してはまだまだ色香は備わらないらしい。 いきなりアキラに向かってなんというつもりなのだろうかと考えて佐為の方が恥ずかしくなる。 まさかいきなり『俺を抱いてくれ』はないだろうがヒカルの事だ。なんと言い出すやら見当もつかず佐為は慌てて引き止める。 佐為にしてみれば、せめて『あなたが好きです』ぐらいにしてほしいと思う。第一に女性の方からアプローチするなんて佐為には考えも及ばない世界なのだ。 ヒカルがアキラの伴侶になるのは嬉しいが、もっとこう情緒というものがあってほしいと願う佐為は肝心な事に気が付いた。 先程ヒカルは伴侶にならなくても……、と考えていなかったか? 嫌な予感に佐為は怖ず怖ずと切り出す。 『ヒカルはきちんと塔矢の伴侶になるつもりなんでしょうね! 聞いてますかヒカル?』 「いいじゃん、そんな事。俺塔矢と愛し合いたいだけだもん」 『ヒカル〜』 不道徳すぎると佐為は涙ながらに訴える。 しかし実体の無い身体ではヒカルを止める事ができず、アキラを探すヒカルの中で佐為はこれからの展開に頬を染めるしかなかったのだった。 |