砂漠の風11





 アキラを探すヒカルの視界に緒方と話をしているアキラの姿があった。放牧された家畜を見ながらの二人だったが、仕事の話でもしているのだろうか。
 どちらかというとヒカルは緒方が苦手だった。
 まず第一印象が悪すぎる。
 有無を言わさずに人を攫ってきてアキラの嫁にするなどという、常識では考えられない所業というか悪業。
 しかし彼の存在がなければアキラに出会うことすらなかったのだ。
 そう思うと緒方に感謝すべきなのだろう。
 何の話をしているかは解らないが談笑している二人を邪魔する気にならなくてヒカルは出直す事にした。
 決して立ち聞きするつもりはなかったのだが緒方とアキラの会話が聞こえてくる。
「どうだ、進藤の様子は」
 まさか自分の名前が出てくるとは思わなかったので立ち去ろうとしていたヒカルの足が止まる。それほど彼も自分のことを気にしていたのだろうか。
「緒方さんのおかげですよ。首尾は上々ですね」
 アキラの言葉にヒカルの心が騒つく。首尾とは一体何を指すのか……。ヒカルの疑問に対する答えはすぐに提示される事となる。
「俺が仕組んだとおりか……。最初に俺が酷い扱いをしたから、優しいアキラくんに惚れきってるだろう?」
「まぁそんなとこです。もうすぐ落ちるでしょうね」
「あまり強引に事を運ぶと遺恨を残すからな。あくまでも女が自主的に選んだと思わせるんだぞ」
 それが何人もの妻を娶ってもうまくやっていくコツだと。
 女達は自分が惚れた男だからと何人もの女と愛情を分けようとも文句一つ言わなくなるのだと。
 特に『渡り』以外で生活してきた女を娶る場合は慎重すぎる方が良いのだと。
 笑いながら緒方は今まで自分が培った経験をアキラに話す。
 二人の会話にヒカルは今まで自分の中で育ってきたアキラへの想いが凍り付いていくのを感じていた。
 緒方によって踊らされていた自分。
 それでもアキラが自分に向けた愛情が嘘だとは思えなかったし、己れの中の感情も偽りだとは思えなかった。
 だが……。
 ヒカルの想いは無残にも砕け散る事となる。
「それにしても、あの小娘をかなり気に入ったようだな。正妻にでもしてやる気か?」
「まさか、緒方さんが先に手を付けたんですよ? せいぜい第三夫人どまりですよ。それよりも進藤以上の花嫁候補を見付けてください」
 アキラはどんな顔でそのセリフを口にしたのか。ヒカルはアキラの顔を見る勇気は無かった。
 例え踊らされていたとしてもアキラが自分に向ける想いが本物であればそれで良かったのに。
 自分では役不足なのだと突き付けられてヒカルは立っていられなかった。震える膝はヒカルの意思に反して力を入れてはくれない。
 知らなければ良かった。
 何も知らなければ、第三夫人となろうとアキラの愛情を疑わずにいられたのかもしれない。
 しかしアキラは真に自分を必要とはしていないのだ。単に15才を迎え、慣例にしたがって花嫁を迎えたいだけ。
 各地から送られてきている花嫁支度はヒカルとアキラのためではなく、花嫁達とアキラのためだったのだ。
 緒方とアキラはなおも笑いながら会話を続けるがヒカルの意識には残らない。
「先に手を付けただって? おいおい、俺はあんなガキに手はだしていないぜ」
「そんな手にはのりませんよ、緒方さん。どうせ初日に味見したんでしょう」
 女に手が早く既に第五夫人まで囲っている緒方が、ヒカルに手を出していないはずがないとアキラは信じているのだ。
 だから自分の正妻にはしないのだと決めているらしい。
 実際には緒方とヒカルの間に何も無かったのだがその証拠はどこにもない。
 力の入らない足を騙し騙し、ヒカルはやっとの思いでその場から離れる。
『ヒカル…、』
 佐為が何かを言い掛けるが、ヒカルはどんな慰めの言葉も聞きたくなくて心を閉ざす。



 一人で空回りして……。
 バカみたいだ、俺。
 どうせアキラにとって、俺は一番にはなれないんだ。



 自分以外に大勢の女がアキラの愛を競うのには耐えられない。男の自分がアキラを選んだ気持ちはもっともっと真剣なのに。
 アキラは違う。
 女は子を孕むための道具で、自分はただの頭数にすぎないのだ。
 まるで鷲掴みにされたかのように胸が痛かった。こんなに胸が痛いのはアキラを本当に好きだったから……。
 それでもアキラの真意を知った今、ヒカルはここにはいられなかった。初めて好きになったアキラ……。



 もうアキラの顔を見ることもないだろう。




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