砂漠の風3
丁度心地よいぐらいの温もりを逃したくなくて、ヒカルは必死に腕をのばした。それに抱きついて、足を絡めてまでも捕まえようとしたところでヒカルの意識は疑問と違和感を感じて覚醒する。 何故なら見知らぬ声が降ってきたからだ。 「女は一晩でここまで大胆になれるんだな」 喉の奥から笑い。 目を開けると眼鏡の無い緒方の顔があった。整った顔つきであるという事を今更ながらにヒカルは実感する。 そして頭の中で自分の身に何が起こったのかと順序だてて並べられていくと同時にヒカルの顔が青ざめていった。 緒方の言葉が思い出されたのだろう。 『お前が女で俺が男だということだ』 まさかという思いとともに、ヒカルは自分の身体を見る。白い肌と小さな胸、そして何一つ身に纏う物の無い自分の下半身……。 勿論緒方の意外と筋肉質な身体も視界に納まっていた。 「は・は・裸!?」 ヒカルは慌てて手近な布で身体を隠す。もう遅かったかもしれないが、女の子の裸を見て緒方がその気になっては困るという意図からだ。 「目が覚めたか」 緒方は上半身を起こすと、かなりの金持ち以外には手に入らない嗜好品の煙草に火を点ける。 ヒカルが布を奪ったので、緒方も勿論裸であった。 「は、は、裸!!」 床の中で男女が裸……。その事実がヒカルの目の前に突き付けられている。まさか? 「何を驚く。意識の無いお前を助けてやったんだぞ」 男の裸は初めてか? と緒方が意味ありげな笑みを見せている。 ヒカルとて元男の身。男の裸体なんか見慣れていてが、こんなシーンで見たくはなかったと力なくベッドに沈む。 「あのさ、まさか。やっちゃったなんて言わないよね?」 おずおずとヒカルが尋ねると緒方は口の端を僅かに持ちあげた。 「もちろん、おいしくいただいたよ。ヒカル」 緒方の手がヒカルの頬に触れようとしたので、ヒカルは反射的にその手を払っていた。 『嘘だろ、佐為』 ヒカルの動揺は佐為にも痛いほどに伝わってくる。 『貴方が意識の無い時は私もありませんから、この男がヒカルの人事不省を利用したかどうか』 ふいにヒカルの頬に透明の涙がこぼれた。 ポロリ……、ポロリ……と一粒一粒が真珠のような儚い輝きを秘めながら落ちていく。 男として生きていく術を探すために旅立ったはずなのに、こうやって女である事を身をもって体験するなんて……。 口を一文字に閉じ、緒方を睨み付けるヒカルの仕草に迫力などなかったが、それでも緒方は困ったように呟く。 「これだから処女は困る。冗談が通じん」 まだ半分にもいってない煙草をもみ消すと、傍らにあった服を肩からかけた。 「安心しろ傷物にはしていない。お前は重要な切札にするつもりだからな」 そう言うと緒方は説明を始めたのだった。 「ここはな、塔矢行洋を頭領とする『渡り』の者の仮宿だ。俺はその塔矢一家のナンバー2といったところだな」 村に定着して生きていくより、多少の危険は伴うが村を渡り歩くほうが裕福だという事は実感していたが、緒方の身の回りの品々を見たヒカルは、彼が渡りの集団のナンバー2という事でより一層実感する。 「で、俺はどうなるんだよ?」 とりあえず自分の身が汚されていなかった事に安堵したヒカルは己れの処遇を緒方に詰問した。 「なかなか肝が座った女、いや子供だな」 女扱いじゃなくて子供扱いされている事にヒカルはほっとする。この男は自分を女と見ていないのだ。 傷物にしていないという言葉を信用しなかった訳ではないが、今の言葉で裏付けされた思いだった。 「実は頭領の一人息子が15になる。解るな? 結婚すべき年になったんだが、ここには適齢の女がいなくてね。俺が攫いに行った訳だ」 その途中でヒカルを見付けたのであろう。 「俺が相応しいって思ったの?」 確かにヒカルも15になるが、次期頭領となるべく少年の伴侶に選ばれるなんて、もしかして自惚れても罰は当たらないのかもしれないとヒカルの胸が高鳴った。 だが緒方はそれをあっさり否定する。 「いや。女で15ぐらいの処女であればなんでも良かったんだ」 「なんだよ、それ」 へこんだヒカルが頬を膨らませると緒方はため息を吐くではないか。 「お前みたいなじゃじゃ馬だと正妻は無理だな。せいぜい第三夫人にはなれよ」 緒方は自分が選んだ女を伴侶に据える事で自分の地位を安定させようとしていたのだが今回はそれも失敗したなと落胆したのだ。 「第三……? 」 渡りの人間は苛酷な旅の中で一人でも多くの子孫を増やすために一夫一婦制でないと聞いた事がある。 だがそんな事よりも自分が女として必要とされている危機にヒカルはやっと気が付いたのだ。 このままだと頭領の息子の伴侶、少なくとも第三夫人にされてしまう可能性が大きい。 緒方が手をつけなかったとしても、その頭領の息子には女を求められるのだ。 『あぁ、可哀想なヒカル……』 佐為は諦めたように嘆いてはいるが、ヒカルは諦めたくなかった。自分は絶対に男に戻るのだ。 「もしだめなら俺の第六夫人にしてやる」 それまでにもう少し色っぽくなれよ。などという緒方にヒカルは、 「どっちもいらねーよっ」 と、乱暴に枕を投げ付けて、逃げ出そうと今まで自分の身体を隠していた布を身体に巻き付けるようにしてベッドから降りて駆け出したのだった。 |