砂漠の風17
いつのまにか朝日が射し、ヒカルは女の姿に戻った自分の身体を見下ろしていた。隣ではアキラが眠っている。 男同士の身体であるというのに、ヒカルを抱いたアキラ。何度も何度もアキラと交わりながら、彼が自分をどれだけ愛しているか身をもってヒカルは知る事となったのだ。 『ヒカル……』 佐為が話し掛けてきて、ヒカルはようやく我にかえると慌てて衣服を身につける。 「なんでも、ないからさ……。心配すんなよ、佐為」 『でも、ヒカル……』 佐為にしてみれば、自分が実体を取り戻していた間にヒカルとアキラの間で何があったのか想像するに容易い事だったのである。 ヒカルよりもアキラの心を見抜いていた佐為は、こういう事も有り得るであろうと想像はしていたが、それによって傷ついたヒカルに対して慰めの言葉が思いつかなかった。 朝日が昇ると同時に再び身体を失って、ヒカルと同化した佐為だったが、悲しみに満ちたヒカルの心が何よりも辛く感じていた。 やがてヒカルの身仕度する雰囲気でアキラが目覚め、ヒカルに語りかける。 「君が男でも僕は君を抱ける。それほど君が好きだ」 たしかにアキラには、男を抱く事に対する躊躇いはなかった。それだけ愛されているのだと知り、アキラの言葉を信じられるとヒカルは思ったのだが、やはりその言葉に甘える訳にはいかないと自重する。 仮にアキラの元へ戻ったとしてもこんな中途半端な身体でアキラの一生を束縛出来るはずがないのだとヒカルは悟っていたのだ。 月に一度だけ男に戻るだけだといっても、完全な女でない自分。 それがアキラに抱かれて余計に思い知らされた。身の内にアキラの精を受けとめても、決して子を宿すことのない身体はアキラの愛を受け入れる資格がないのだ。 自分の心をも欺き、ヒカルは凛とした眼差しをアキラに向けると言い放つ。 「俺は男に戻る。たとえ身体を自由にされても、俺は絶対にお前みたいな奴のものにはならない」 そういうのが精一杯だった。 男を、つまりは自分を抱いたアキラを嫌いになったフリをしていれば、さすがのアキラも未練を残す事はないだろうし、いつか相応しい女を見付けられるだろう。 特に緒方は自分が連れてきた女をアキラの花嫁にすることで主導権を握ろうとしているのだから、代わりを心配する必要はない。 しかし、アキラから紡がれた言葉にヒカルは涙が零れそうになった。 「僕はいつまでも君を待っている。男に戻っても僕の所に帰ってきてほしい」 真剣な眼差しのアキラだったが、それが真実の言葉でない事をヒカルは解っていた。 男に戻ったとして、子供の出来ない身体になんの価値があろうか。アキラもそれに薄々と気が付いているに違いない。 昨夜は勢いで男を抱きはしたが、今は後悔していも不思議ではない、いや後悔するのがごく当たり前の事だ……。 ヒカルはアキラの言葉を無言で受けとめ、出立の準備を整えていく。 殆どの荷を昨夜の馬に乗せてあったため、ヒカルはアキラが申し出てくれるままに食料などを受け取る。 佐為が宿っていたボロボロの巻き物を無くさないよう身に結わえるとヒカルは一頭の馬にまたがり砂漠の中へとその一歩を踏み出した。 互いに無言の別れだった。 それから約三週間。佐為を内に宿したヒカルの旅は決して平坦な道ではなかった。 西へ西へと向かう旅で思い出すのは初めて好きになったアキラの事。 しかしアキラは心底から自分を求めてくれているわけではないのだとヒカルは自分に言い聞かす。 その証拠にアキラは快く送り出してくれたではないかと……。やはり、男でも好きだというアキラの言葉を信じなくて良かったのだろうと……。 馬を二頭と食料と水。そして何にでも交換してもらえる黄金に輝く砂が一握り。まるで体よく追い払われたかのような充分すぎる荷物にヒカルは懸念を確信に変えた。 本当に好きなら、ヒカルが何と言おうと拉致するはずなのだ。 何番目でも良いが、とりあえず花嫁として披露して、男に戻る満月の夜だけ姿を隠せば良いのだから……。 しかしこんな身体では子供が出来るか解らないし、次期頭領として子をたくさんなす責任があるアキラにとってはいずれ自分は邪魔になるだろう。 『塔矢と何があったかは知りませんがヒカル。食物はちゃんと食べてください』 三週間前よりも痩せたヒカルに佐為は再三注意を促す。これが単なる肉体の酷使によるものなら対処のしようもあるのだが、ヒカルの場合は精神的なものであるために佐為は何も出来ない自分を歯痒く思っていた。 解ってるよと返すヒカルは大概その次の食事量は増やすのだが、次の次ぐらいとなると目に見えて食事量が減っていくのだから始末が悪い。 「ちゃんと食べるって。それよか、佐為を元に戻してやるんだから一生懸命思い出してくれよ」 ヒカルの言葉にそれまで強気だった佐為の視線が泳ぐ。 「それはもう頑張ってますが……、どうも記憶が曖昧で」 まるでノイズが掛かったように思い出せないことがたくさんあった。 悟りを開くために瞑想の日々を送っていたが、ふと眠りについたかと思った瞬間にヒカルの中に居たのである。 ヒカルは佐為を元に戻すと張りきっていて、精神が分離したのだから元の身体に戻せば良いのだろうと決めてかかっている節があったが、そんな安直な事で良いのだろうかと佐為は悩んでいた。 「とりあえず西の国ってのは間違いないんだろ? それだけ解れば充分」 『ですかねぇ〜』 空元気なのかもしれないが、明るくガッツポーズを取るヒカルに不安が無い訳ではなかった。しかし手がかりは皆無ではないのだ。 西へ西へと目指す二人は傍からみれば当て所の無い旅なのかもしれない。 しかしヒカルの無鉄砲で能天気な行動にハラハラさせられながらも佐為は旅の終わりが近付いている事を感じ取っていた。 『ヒカル、あなたは…』 佐為は言い掛けた言葉を飲み込んだ。 |