砂漠の風18




 小さな集落を線で結ぶかのようにヒカルは西へと旅を続ける。荒涼とした砂漠はかつての文明を飲み込んで無へ戻そうとする意思があるかのように年々広がっていてヒカルの旅を困難にした。
 しかし挫ける事なく、旅の途中途中で西の国の事をヒカルは訊ねて歩く。勿論の事ながら手がかりは佐為の記憶と古い巻き物。
 佐為の記憶にあるのは白い建物。壮大で神聖な寺……。
 霞がかかったように思い出せない固有名詞に佐為は美しい表情を曇らせる。
 もう少し自分の記憶がはっきりとしていたならば、ヒカルをこんな苛酷な旅に出す必要はないのにと思わずにはいられないのだ。
 悟りを開く修業中だった己れの意識がどうしてヒカルの内へと入ったのか。どうすれば元の身体へと戻れるのか。
 はっきりとした答えは無いものの、とりあえずヒカルの提案のままに佐為の故郷を目指す。


 そして……。


 長いようで短い旅、短いようで長い旅を終えて二人が辿り着いた『西の国』はそれまでヒカルが住んでいた『東の国』とは一風変わった文化を伝えていた。
 『東の国』よりもやや緑も多く、人が行き交う『西の国』。
「見覚え、ある?」
 ヒカルが佐為に訊ねるが佐為は返答に窮する。
『なんとなくですが……』
 遠くに見える白い建物は確かに記憶にあるが、どことなく雰囲気が違うのは気のせいだろうか。
 世俗のことには疎く、世の理を悟るのだと修業していた自分にあったのは瞑想の日々。
 町の雰囲気など知らなくて当然だとすれば、山々の連なりから判断しても確かにこの地が自分が生まれ育った土地に違いない。
 そして、ここまで来て気になるのはやはり意識をヒカルの内にしたために残されてしまった自分の身体のこと。
 悟りを開くための修業をしていた自分にとって肉体などに未練はないが、悟りも開けずに意識だけさ迷っているというのは情けない限りだ。
 希望的観測で意識の一部だけがヒカルに入り、本当の自分はなんら変わらない生活をおくっているかもしれない。
 どちらにしろ答えはもうすぐ出る。
『ヒカル、あの白い建物まで行ってください』
 二人の間に緊張が走る。
 期待と不安が均等に交ざったような感覚の中で近付いた白い建物……。正確にはかつて白かったであろう建物。
 近くで見ると風雨で薄汚れ、白というには語弊があろうか。どうやら遠くから白く見えていたのは太陽光を受けてのことだったらしい。
「佐為、ここってお寺?」
『私の記憶にあるのは……』
 もっと活気に溢れ、信仰の対象として皆に崇められいたはずの、このかつて白かった寺院を佐為は記憶している。
 しかし目の前の建物は荒れ果てて、まるで何百年も経過したかのようで……。
「なんや、珍しな。この寺になんか用か?」
 ヒカルと佐為が寺院の入り口で茫然と佇んでいると中から背の高い一人の青年が現われヒカルに声をかける。
 変わった髪の色をしているのはヒカルも同じなのだか、銀色のような色合は生れ付きというには人工的だ。それに言葉使いもヒカルの生まれ育った東では聞き馴染まない言葉使いだった。
「えっと、ここってお寺なんだよね」
 それにしては寂れていると考えるヒカルの問いに、この寺に住んでいるらしい青年は困ったような表情で肩を竦めてみせた。
「昔は有名やったらしいけどな、数年前に盗賊に襲われてからはこの調子や」
 廃れていたとはいえども、細々と教えを伝える者もいたらしいが大規模な盗賊団がこの寺院を襲い、何百年と伝わる貴重な教典などを盗みだしたのだと青年は説明する。
「で、俺はその生き残りっちゅー訳や」
 人々の信仰も薄れて、信者すら訪れなくなったこの寺院。それでも生まれ育ったこの場所を少しでも維持していこうとしているのだと青年は語る。
 そして、逸る心を押さえつつヒカルは一番聞きたかった言葉をようやくの事で口にする。
「なぁ佐為って人の事、知らない?」
 数年前に盗賊団に襲われて、その時に佐為が盗賊達の手にかかって死んでしまったのだとすれば、意識だけがヒカルの内に入ったのにも合点がいく。
 魂だけになってしまった佐為。
 元に戻してやるのだとここまで来たのに無駄足になるのではないかという恐怖。それはヒカルにも佐為にも共通するものだったが青年は明るい笑顔を見せた。
「佐為様訪ねて来たんか? それならこっちや。佐為様に会うんは初めてか? 佐為様は慈悲深くて美しいお人やねん。盗賊にこの寺院が襲われた時、俺は佐為様に助けてもろたんや」
「佐為に会えるの?」
 てっきり実体は無いだろうと思っていた佐為に会う事が出来る……。
 初めて会う本物の佐為が自分の内にある佐為と同一人物なら、元に戻すなんらかの手がかりにはなるはずだ。
「当たり前や、ほらこの奥で教典を守ってはんねん」
 青年が建物の奥へとヒカルを案内し、扉を開ける。
 狭い部屋の奥。そこには目蓋を閉じ微笑を浮かべ、まるで今にもヒカルに話し掛けそうな様子の、佐為の姿を模った木彫りの像があった。
「像……」
 二の句が告げずに黙ったままのヒカルと成り行きを見守るような佐為を余所に青年は続ける。
「この寺の言い伝えの佐為様や。ずっと昔に悟りを開いて人々に広めたって人で、教典を残しはったんや」
 青年が指差す佐為の像の足元には何本かの巻き物。それはヒカルが持っている巻き物とくたびれ具合までもが類似していた。
「これの殆どが盗まれたんや。まだ小さかった俺は佐為様の像の後に隠れてて助かったんやけどな。つまり佐為様に助けられた訳や」
 敬愛の表情で佐為の像を見上げる青年。ずっとこの寺院を守り続けようという決意を佐為の像の前で誓うように、教えを記したという巻き物を手にする。
「この教典。ぼろぼろで価値なんて無さそうやけど、悟りの道を記した貴重な文献やねん。あの時必死で心ん中で『盗らんといて』ってお願いしたんやけどあかんかったわ。で、残されたのは俺が服の中に隠せたこれだけや」
 いつかは昔のようにこの寺院を活気溢れたものにしたいのだと、そして佐為のように悟りを開くのだと青年はヒカルにむかって照れたような笑みを見せた。
「それにしても佐為様の足元から出てきて自分の頭見てびっくりしたで。一瞬でこんな色やもんなぁ」
 己れの銀色のような髪に手をやって、青年は自分の名を『社 清春』と名乗る。
「こんな可愛い女の子に悪いけど、ここに泊める訳にはいかんのや。けどまぁゆっくりしていき」
 佐為とヒカルは佐為の像の前に残されて、暫しの間、静寂な空気にその身を委ねる。そしてゆっくりとヒカルが自分の中の佐為に語りかけた。
「佐為は悟りを開いたんだな」
 そう口にしてヒカルはやっとすべての事柄に合点がいく。
 どうして佐為がこんな形でヒカルの前に現われたのか……。それは手の中の巻き物を初めて手にしたから……。
 佐為も今まで以上に清浄なオーラを纏いつつヒカルから分離して己れの像の前に立つ。
『ヒカル……、私はやっとすべてを思い出しました』
 盗みだされた巻き物を元に戻すように像の足元へと置くヒカルに佐為は感謝の意を示すように頭を下げる。
『ずっと眠っていた私の意識は幼かった少年の切なる想いに呼応して目覚め、そしてこの教典を探すために心を飛ばしました。しかし時を越え思念の塊にすぎない私の意識と記憶はいつしか曖昧になり本来の目的を忘れていってしまったのです。それでもヒカルの身に宿る事で完全に意識が消えることはなかったのは不幸中の幸い……』
 ヒカルが教典を手にした事で佐為の意識がヒカルに宿ったのは、教典を記した佐為の思念が蘇ったからではあるが、しかしそのためにヒカルの運命を大きく変えてしまったことを佐為は嘆く。
 なんの災いか男から女の身体へと変化してしまう身体。
 そしてヒカルの恋……。
「ヒカル……よくこ巻き物を戻してくれました。これであなたは私という重荷から解放されるのです」
 本懐を遂げた佐為の思考が消えていくと同時に、光に包まれるように佐為の姿もゆっくりと輪郭を失っていく。
「重荷なんかじゃなかったさ!」
 初めこそは驚きもあったが、幼かったせいか順応する事は容易だった。なにより佐為との生活はとても楽しく、ずっとこのままでも良いと思ったほどなのだ。
 消えゆく今になってヒカルは淋しさのあまり涙を堪える事が出来ないでいた。
「惜しんでくれて感謝します。しかしこれでヒカルは元の男性の姿に戻れるのです。あなたなら元の村に戻っても皆温かく受け入れてくれる事でしょう。……しかしヒカルの本当の願いは?」
 佐為の言葉が心に重さを覚えさせる。
 ヒカルの本当の願い……。
 元の姿に戻ればもうアキラの伴侶にはなれはない。男であってもヒカルを抱けるのだと実践までしたアキラ。男でも良いからと戻ってきてほしいと言ったアキラ。
 アキラのために自分の心を偽って、アキラの元を旅立ったヒカルだったが、心はいつだってアキラの事を考えていた。
 決して偽りきれないアキラに惹かれる自身の心……。
「俺は……」
 この三週間迷い悩んだのは事実だ。快くアキラが旅立たせてくれたのは自分を厭うての事だと思い込み信じようとしているのに……。
 それでも忘れられなかったのだ。
 このまま男に戻るとしても、ヒカルは自分の気持ちとアキラの気持ちのすべてを確かめなければならないと……。
 なにもかも白日の下にさらして、そして自分は元に戻る……。




























 砂漠の民『渡り』の集団が長く同じ位置に留まるのはかなり珍しい事だ。すべては頭領の塔矢行洋の病を気遣っての事らしいが、事実は公表されてはいない。
「馬! 返しに来てやったぜ」
 勝手知ったるアキラの部屋へとヒカルは足を踏みいれる。二ヵ月近く離れていたというのになんら変わりがないアキラとヒカルの寝室。
 ヒカルの物だと揃えられた衣裳や身の回りの品々は離れていた時間を否定するかのように存在を主張している。
 そして視界に入ったのは驚きの表情で自分を見つめる塔矢アキラの姿……。
 少し痩せたのはヒカルも同じだったが、次の言葉を何と切り出そうかとヒカルが迷っているうちにアキラに抱き締められていた。
「進藤! 戻ってきてくれたんだね」
 喜びが表情や声音にまで溢れていてヒカルを戸惑わせる。
 アキラの気持ちを嘘だと納得させて旅立ったが、それが勝手な思い込みだと知るに充分過ぎるほどの包容……。
 愛しているのだと、男でも良いから戻ってきてほしいと言ったアキラの言葉は本物だったのだ。
「やめろよ。俺が男に戻ったって事を教えてやろうと思っただけでお前のとこに戻って来た訳じゃないっての。けどおかげさまでこの通り男の姿さ」
 ヒカルが自分の体を指差すが、アキラの視界にあるヒカルの姿は砂漠の旅をするための重装備。
 経験上、隠れたラインと言えどもその下に柔らかな肉体を思い浮べるのは朝飯前のアキラなのである。
 おまけに言うならば背格好は別れた時の女の子のヒカルの姿で……。
「どこから見ても君は……」
 男に戻ったというヒカルに言って良いものか迷いながらもアキラが切り出す。
 体だけではない、愛らしい面差しもすべて女の子そのものだというのに、これで男に戻ったと言われても俄には信じられなかった。
「なんだよ、女に見えるって言うのかよ」
 機嫌を損ねたようにヒカルがアキラに詰問する。
 しかしこんなに密着していては嘘を言うのも限界があろうと言うもの。まだ発育途上だけれども形の良いヒカルの胸をアキラはその身に感じて……。
 男のヒカルでもアキラとしては充分なのだが、やはり女の子のヒカルは別格の存在なのだ。
「立派に女の子だと思うけれど。まさか……」
 結局元に戻れなかったのかと考えると、ヒカルには申し訳ないがアキラには大歓迎な話である。
 それにヒカルが戻ってきてくれたという事は自分の事を許したうえで、これからの事を考えてくれる気になったのではないかと考えたのだ。
 そうでなければ、確かにアキラ達にとって貴重な馬だが返しにくるなんてデメリットが多すぎるし、移動したかもしれない自分達の元へ戻ってこようなんて、この砂漠の中では危険極まりない。
 かなり強引だったけれども、アキラは自分のした行為によってヒカルに真剣な気持ちを伝える事ができ、ヒカルも受け入れるつもりになったのではないかと期待していた。
 アキラのその淡く甘い期待をさらに増長させるかのように、ヒカルの両手がアキラの背へと回される。
「……ったんだよ」
「えっ?」
 恥じらったような小声のヒカル。
 心なしかヒカルの頬が赤く染まっていて、アキラはその愛らしさに理性のたがが緩むのを感じていた。
 そして……。
「……お前のために女にしてもらったんだよ!」
 叫ぶかのようなヒカルの言葉にアキラの理性は半分以上磨耗し、いただきますとばかりにヒカルを押し倒そうとする動きを見せた。
 だが、いち早く察知したヒカルはアキラの腕の中から脱出すると明るい笑顔で自分の体を指す。
「佐為はずっと昔に神様になってたんだ、俺が教典を元に戻したおかげでご褒美に女にしてもらったんだよ」
 元の体に戻れなかったのではない。戻らなかったと知ってアキラはヒカルの選択の意味を確信する。
「僕のために?」
 それでも確認してしまうのはヒカルを心の底から大切だから……。今までのように強引に事を進めるのではなくヒカルの意思で自分の胸の中に飛び込んできてほしいというアキラの想い……。
「俺のためでもあるけどな」
 目の前の愛らしいヒカルの笑顔。緒方に唆されたような素振りを見せてヒカルを傷つけた事もあった。また緒方に抱かれたとヒカルを信じなかった時もあった。
 男と逃げたと激昂し、ヒカルが男と知ってショックも受けた。だがそれでもアキラはヒカルを求めたのだ。
 そして今、目の前にいるのは女の子のヒカル……。
「進藤嬉しいよ。君が戻ってきてくれるなんて」
 もう二度とヒカルを離しはしない。
 これから、正式に伴侶としてお披露目をして。もちろん生涯女性はヒカル一人にし、来年の今頃にはヒカルに似た可愛らしい女の子が産まれるのだとアキラの中で想像が広がっていく。
 しかし、それを阻む声がアキラの思考を中断する。
『なんて嘘を言うんですか、ヒカル』
 困ったようにヒカルを諌める佐為の声。ほのかに光を発するかのような神々しいまでの佐為の精神体がヒカルから分離してアキラを驚かせる。
 視線を佐為からヒカルに移したアキラの目の前では、男の姿になったヒカルが必死に笑いを堪えているではないか。
 元の姿に戻らずに女の子にしてもらったというのは真っ赤な嘘で、相変わらず佐為という同居者がいて、ヒカルは男とも女とも言えない不完全な身体なのだとアキラは瞬時に悟る。
 ふざけるなっと怒鳴るその前に、ヒカルが人差し指を立ててアキラに黙るように促すと説明をし始める。
「なんかさー、世界中に教典が散らばったみたいでさー」
 あの最後の瞬間。
 佐為が『ヒカルの本当の願いは?』と問うたその後に実は『あなたが望むなら女性の姿にもなれるのですよ』と続けたのだ。
 ヒカルはアキラと自分の気持ちをはっきりさせないまま男に戻るか女になるかどちらもを選ぶ事が出来ずこうして戻ってきた。
 本当なら持っていた教典を納めればそれで終わりだったのかもしれない。しかし盗賊達に奪われたという教典の多くははまだまだ行方不明。
 これで自分の旅は終わりかもしれないが、散らばった教典のために意識を飛ばした佐為はどうなるのだろうかと考えたのだ。
 今一緒にいる佐為は目的の教典を戻せば良いかもしれない。しかしその他の教典に宿っているかもしれない佐為はどうなるのだろうかと……。
「俺、このまま佐為と旅するんだ」
 世界中に散らばったという教典を求めて旅に出るのだとヒカルが決意表明をするが、そんなヒカルにアキラは大きく息を吸うと、
「ふざけるなっ!」
 と、怒鳴り付ける。
 アキラにしてみれば、幸せな人生設計が脆くも崩れ去ったのだ。その怒りにも納得が出来るだろう。
「僕がどんな思いで君を自由にしたか……。でも今度は僕も一緒に行く。そして早く教典とやらを元に戻して、君を女の子にする」
 アキラにしてみれば別に男のヒカルでも構わないのだ。
 男でも良いという証拠に男のヒカルを『愛した』のだが、アキラはヒカルに自主的に自分を選んでもらいたかったからこそ、元の姿に戻りたいと言うヒカルを自由にした。
 勿論戻ってきてもらえるとは思わなかったが、理不尽な行動に出たせめてもの贖罪にと己れの意思をまげてヒカルを旅立たせたのだ。
 しかし一度は手放したヒカルがこうして戻ってきたうえに、完全な女性にもなり得るのだと知ったアキラに迷いなどは微塵も無い。
 佐為という第三者を排除しヒカルを完全に女の子にして、そしてその柔らかい身体を自分のものにするのだ。
 そんなアキラの思考を読んだ訳ではないがヒカルはアキラの視線に身の危険を感じてしまう。
「ヤだよ、俺は男に戻るんだからな」
 アキラに求められていると確信したけれども素直になりきれないヒカル。そして迷わないと決めたアキラ。
「僕はどっちでも良いって知ってるよね。君が納得して僕の元に帰ってきてくれたと判断して、今度は君を自由にしない。それとも、君は僕を揶揄うためだけにここに来たの?」
「いや、その……。」
 ヒカルの中で、男に戻りたいと思う反面、女の子になりたい気持ちがあったのだ。だからアキラと自分の気持ちを確かめようとここに戻ってきた。
 それが正解だったとヒカルは気付く。
 アキラがヒカルという人間を求めて続けてくれるなら、全てが終わったときに本当の女性になるのだ。
「あのさ。俺、いつかは……」
 一世一代の告白をしようと口を開きかけたヒカルだったが、それをアキラに阻まれる。
「で、いったいその教典はどれだけあるんだ?」
 一瞬二人の間に沈黙が走る。
 まるでお見合いするかのようにヒカルとアキラが見つめあうのだが、ヒカルの額にたらたらと汗が流れだす。
「……それ。聞かない方が良いかもよ」
 何しろ奪われた巻き物が世界中に散らばったのだ。
 佐為の精神がすべての巻き物を追うように分散され、元の目的を忘れてしまうほど分裂したのだから、その数は両手をもってしても数えられはしない。
 アキラにその数を伝えたならば、きっと『ふざけるなっ!』と盛大に怒鳴られてしまいそうでヒカルは言葉を濁す。
 そんな二人に、もう出てきても良いだろうかと一人の青年が怖ず怖ずと顔を出す。
「すんません、お取り込み中失礼します。御一緒させてもらいます、社っていいます」
 ヒカルが教典を再び持って行くと知って、そしてヒカルが世界中の教典を探してきてやると言ったので、社は思わず同行を申し出たのだ。
 それを少し後悔しつつ社は顔を出したのだが案の定アキラのきつい視線に、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまう。
「なんだ、君は! まさか進藤と二人っきりでここまで旅をしてきたのか!」
 勿論社にはヒカルに対する下心など皆無なのだがアキラにしてみれば男と二人っきりというのは由々しき問題だった。
「進藤! 絶対に僕も一緒に行くからな!」
 旅仕度をするように命令を出すアキラ。
 一瞬はもう二度と強引に事はすすめない。ヒカルの意思を尊重すると決めたアキラだったがそうも言っていられないと立ち上がる。
 世界中に散らばったという教典を元に戻しヒカルを女の子にして、そして晴れて結ばれる日まで。



 ……長い旅が始まる。


                                          終劇











最後まで読んでいただきありがとうございました。一年以上もちんたら書いてたんですねぇ。ちなみにストーリーが浮かんだときからオチはほとんど決まってました。細かいセリフや場面は書きながら肉付けしていきましたが。両思いになるまでってのが山場=メイン=書きたい場面となるのでこれから後は完全に蛇足。勿論ハッピーエンドは間違いないのですが機会があればチャレンジしたいですね。



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