砂漠の風16




 月明かりに照らされた身体は、どこから見ても男の身体であった。
 だからヒカルは例え全身ずぶ濡れになろうとも、今夜だけは裸にはなりたくなかったのだ。
 アキラが求めてくれているという嬉しさよりも男だとばれたくないという想いがヒカルを頑なにさせていたというのに。
「そんな……、」
 二の句が継げないアキラにヒカルは顔を背ける。
 男とばれてしまった今、もうこれでアキラの花嫁になることも、愛を交わす事も出来ないのだ。
 震える身体は寒さだけではない、知られたくなかった事を知られてしまったショックも重なっていた。
 しかし、ばれてしまっては仕方がないと顔を上げ、アキラを見据えたヒカルの口は真実を語りだす。
「そう。俺、本当は男なんだ。黙っててゴメン。あいつ、佐為がこの身に宿ったときは女になるんだけど、月に一度だけは元の姿に戻れるんだよ」
 初めて佐為と出会った時の事、性別が変わってしまってからの生活がヒカルの口から淡々と語られる。
 一方、ショックからかアキラはヒカルの言葉を黙ったまま耳を傾けていた。
「元に戻る方法を探しに旅に出たんだ。その途中で緒方さんに捕まってお前の花嫁の一人にされるとこだったんだ」
 女の身体で『本当は男です』と言う訳にもいかず、逃げるチャンスを伺っていたのだと、ヒカルは想いを隠して説明する。
「本当は男なんだから、逃げない訳にはいかないだろ?」
 明るく笑って嘘を吐いたのは、今でもアキラが好きだったから……。
 本当は男なのにアキラに抱かれても良いと思っていたとはヒカルは口が裂けても言えなかった。
 自分一人だけを愛してほしくて、それが無理な事だと気が付いて逃げ出したという真実を男のヒカルは口が裂けても言えなかったのだ。
 何故なら男の身体でアキラに告白したところで気持ち悪がられるに違いないのだから。
「……君は男に戻りたいのか?」
 暫しの沈黙の後の、アキラの言葉にヒカルは頷く。
「戻らなくても良いと思ったときもあったけど。今は男に戻りたい。男に戻ってお前のことなんか忘れたい」
 男に戻ればアキラを好きでいる資格などなくなるのだ。それに加えアキラへの恋心を忘れてしまえればどれだけ幸せだろう。
 だがしかし、たとえ男に戻ったとしてもアキラを好きだという感情は消しさる事が出来ない予感がヒカルにはあった。
 最後にアキラの顔をよく見ておこうとヒカルが顔を上げると、穏やかだが真剣な表情のアキラがそこにいた。
 ヒカルの予想とは違い、アキラからは男だったという事を黙っていたヒカルへの怒りは微塵にも感じられなかった。
「進藤。言っただろう、君だけにしたいと」
 だから今のままでいてほしいと、佐為を内に宿したままで良いから女のヒカルでいてほしいとアキラが告げる。
「ちょっと待てよ、それも俺を落とす手口だろう? この身体見ろよ、俺は正真正銘の男なの。男じゃ口説き文句も意味ないだろ」
 濡れたままの身体をヒカルは指差し、アキラの言葉を嘲るかのように指摘する。
 まるで人を馬鹿にしたようなヒカルの態度がアキラの癪に障ったのだろう。一変してアキラの表情が固くなる。
「君が男だろうと僕のものにすることは出来る」
 そう言ったかと思うとアキラはヒカルへと詰め寄り手を伸ばす。
 足首を掴まれそうになって、危険を感じたヒカルが後退りするのだが、狭いテントの中で簡単にアキラに捕まってしまう。
「進藤。たとえ君が男でも魅力的な事には変わらない」
 そう言ってヒカルの身体の上に覆い被さるアキラ……。
 その意図するところはアキラの欲望を秘めた眼差しが語っていた。
「待てよ、それってどういう事だよ……んっ」
 ヒカルの制止する言葉に耳を傾けようとはせず、アキラはヒカルの唇を奪う。アキラとキスしたのはこれが初めてではないが、こんな深い口づけは初めてだった。
 舌がヒカルの口腔内を犯すだけではなく、アキラはヒカルの薄い胸や華奢な腰のあちこちに触れていくではないか。
 いくら無知なヒカルでも、それが男女間でなされるセックスとなんら変わらない事に気が付いていた。
「ちょっと塔矢、俺、マジで男だから、そういうの出来な……い」
 ヒカルが身体を隠しながら逃げようとするが、周知のとおりアキラの方が力も上。逃げられるはずがなかった。
「大丈夫、男同士でも愛し合う事は出来る」
 アキラの瞳は、いつもヒカルを見つめていた瞳となんら変わりなく、愛され求められているのだと、ヒカルに感じさせる。
 このまま抱かれても良い。
 そう思うのはヒカルがアキラを愛しているから……。ヒカルはゆっくりと目蓋を閉じると、それまでの抵抗をやめたのだった。







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