砂漠の風15




 不安定な馬上で短剣を取ろうとしたヒカルだったが、アキラの方が逸早く察知しその腕を捻り上げた。
「痛っ!」
 その拍子にヒカルの手から短剣が落ち、砂漠の中へと埋もれる運命となる。
 悔しくて歯軋りするヒカルを見て、アキラはしてやったりと笑い声をあげた。
「こんな細腕で僕を傷つけようだなんて無理な話だ」
 砂漠で生きるアキラたちは、苛酷な旅に耐えるだけの身体を持っている。そして常に自己鍛練も怠らない。
 村を作り細々と生きる者達とは比べようがないのだ。
「俺はお前なんか大嫌いだっ! 逃げるためならなんだってしてやる!」
 ヒカルの決意を嘲るようにアキラは口の端を持ち上げる。
「威勢が良くて何よりだ」
 まるでヒカルに何が出来るのかと言いたげなアキラはヒカルの細い身体を馬鹿にしたように見下ろす。
「それだけ元気な君なら子供もたくさん産んでくれるだろうな」
 自分の力を信じて疑わないアキラからヒカルは逃げる術を算段する。短剣は落としたが他にもきっと方法があるはずだ。
 どうしてもアキラから逃げなければならないのだから方法は選んでいられない。
 いっそアキラの腕を振りほどいて落ちてしまおうかとヒカルが考えた時、意外にも馬が失速する。
 アキラがヒカルを残し馬から降りたことで、ヒカルは元の場所に戻ってしまったのだと思ったのだが、辿り着いたそこは砂漠の中のオアシスだった。
 炎が高く舞い上がっているが、ここは間違いなくアキラと二人で一晩を過ごし夜明けの砂漠を見たあのオアシス……。
 馬から降りたアキラはヒカルを担ぎ上げると、炎の番をしていたらしい人物に声を掛ける。
「御苦労、拉致された花嫁は見つかったよ。そうだ芦原さんに明日の朝食をこっちに届けてくれるように伝えといてくれ」
 まるで昼間のように照らしだされたこの場所は、盗賊に拉致されたヒカルを取り戻すための夜営地なのだとアキラが説明する。
 ヒカルが消えた事で周辺のオアシス全てに手配したらしい。
「僕から逃げ出せる訳がないんだよ」
 炎に照らしだされたアキラの残酷な表情は見間違いでは無かった。担ぎ上げられたヒカルはアキラがどこに向かっているかを悟り息をのむ。
「ちょっ、ちょっと塔矢、やめろって!」
 アキラが泉に向かっている事を知ったヒカルが必死に抵抗する。しかしどこにそんな力があるのかアキラから逃れる事は出来なかった。
「ここで少し頭を冷やすんだな」
 冷たく言い放ったかと思うと、アキラはヒカルを泉の中へと放り投げたのだ。空を舞うようにヒカルの身体が泉へと落ちる。
 幸い岸辺であるために深さはないものの、痛みと錯覚する程の冷たい水にヒカルの身体が震える。
「脱ぎなよ、濡れたままだと寒いだろう?」
 慌てて岸に上がったヒカルにアキラは満足そうに微笑む。
「……嫌だ」
 頭まで濡れてしまい、冷たさと寒さに唇を震わすヒカルだったが絶対にアキラの言いなりになるまいと後退る。
 逃げ出すのだと周囲を伺うと、それまで待機していたはずの人達の姿が見えず、代わりに篝火の暖かさが冷えきった身体のヒカルを手招きしているようだった。
 一瞬アキラから視線を外したヒカルの腕をアキラは難なく捕らえ、自分の方へと引き寄せると再び抱え上げヒカルを篝火に囲まれたテントへと運ぶ。
「君の気持ちを大切にして待とうと思ったけれど……。もう二度と他の男の目には触れさせない。……そうだ、絶対に他の男の前に出られないように、君にはずっと裸でいてもらおうか?」
 アキラの手がヒカルの服へと伸びる。
「緒方さんの前でもあの男の前でも……、その足を開いたんだろう?」
「違うっ!」
「僕の前でも開いてくれるだろう?」
「お願い、塔矢。やめてくれよ」
 一枚の布でしかない服は着方が色々あるが一概にして着やすく脱ぎやすい。必死に抵抗するが、ヒカルの身体は凍えて満足に動かない。
 反対にアキラは怒りも手伝ってか、ヒカルを労わろうとする様子は微塵にもなかった。
 アキラに捕まれた服の端を押さえるヒカルだったが、やがてヒカルの最後の守りがアキラの手によってはぎ取られる。
 一瞬の沈黙にヒカルは顔を背けるしかなかった。
 アキラによって下着の薄布さえも取り払われてどうやって言い訳したら良いのだろうかヒカルには解らない。
「まさか、男……?」
 アキラの顔に嫌悪の表情が浮かんでいる事は見なくても解る。だが知られたくない事を知られてしまったヒカルは何も言えなかった。



 これで本当にアキラとはお別れなのだと思うと涙が溢れそうだった……。




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