LADY GO 9




 それから碁を打つたびに、進藤が気になった。
 進藤の碁。
 あれ以来進藤はまだ碁から遠ざかっているようだったが、僕が囲碁を続ける限り進藤が戻ってくるという自信があった。
 進藤の碁。進藤の碁。進藤……。


 気を抜くと進藤が碁盤の前で打っている姿を想像するよりも、あの図書室で見かけた姿ばかりが思い出された。
 放っておくとその想像はスカートを翻して走る進藤の姿になり、そしてまるで恋人を見つめるように僕を見て微笑みかけた。
 その度に僕は、想像の進藤に
『あの、君じゃなくて、碁打ちとしての君に用があるんだ』
 と退場願うのだが進藤は大きな目を潤ませて訴えかける。
『本当は俺の事気になるんだろ。碁だけじゃなくって……さ』
 柔らかい手で僕の手を握られて、心臓はといえば一分間に百回以上は軽く動いていた。
 何故ならいつのまにか想像が妄想となり、進藤が一糸纏わぬ姿になっているからだった。
 生まれたばかりのアフロディーテのような君を見て僕は……。
 もう碁だけじゃなかった。
 確かに君自身が気になっている。しかしオールヌードで僕の想像のなかに現われなくても良いじゃないか。
 そして僕は女性としての進藤を求めているのではないかとその時初めて気が付いたのだ。
 いくら進藤の碁が気になるといっても、父以上の打ち手ではない。
 別に同じ年令で気になる打ち手だからといっても年令など関係のないこの世界で、どうして今まで進藤に拘っていたのかと疑問が浮かんだのだ。
 初めて出会った時。二度目に出会った時……。二人の軌跡を思い返すと、まだ幼い少女だった進藤が、少しずつ綺麗になっていく様が脳裏で再構築された。
 それとともに思い出す、過去の自分の発言。
 というよりも失言……。
 僕は大馬鹿者だ。
 あんなに愛らしい少女に何と言った? そして女の子だと解ってもなお、その魅力に気が付かなかったなんて。
 碁打ちとしてじゃない。
 確かに進藤は僕の心を占めている。
 おそらくこれが恋というのだろう。
 そして今こそ、失礼な発言をした男という汚名を返上しなければ、僕はただの馬鹿な男になってしまう。


 だが今までの直情型な僕の行動は全て裏目に出てきたのだから、今はそっと進藤を見守ろうと心に決めた。
 いつか進藤が自分の足で歩き始めるその日まで、僕は君を待っている。
 そう、文字通り物陰から……。


 余談ではあるが、葉瀬中近辺で不審人物が居るとの通報があったのはそれから数日の事である。









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