LADY GO 3
プロになって塔矢アキラを見返してやる。そう決意して院生になったヒカル。 持ち前の人懐っこさでヒカルには友人が増えた。その最たる者が和谷と伊角である。そしていつものようにロッテリアで食事をしつつ、和谷が驚きの声を上げた。 「えっ、進藤って女だったの?」 失礼極まりない和谷にヒカルは目一杯強面で睨み付けた。 「なんだよ、どうせ女に見えないよ」 普段着では女に見えないというのは塔矢アキラで実証済みであるから『またか……』ぐらいにしか考えないのだがやはり腹は立つ。 先日だって、わざわざ院生手合いを見にきたアキラだったが、ヒカルに声をかける事無く姿を消した。 ネットカフェで出会ったときもそうだった。 塔矢アキラはヒカルの女の子の部分より、囲碁の打ち手という方が気になるらしいと最近になってヒカルも気が付いたのだ。 『見てろよ、塔矢! 俺は絶対プロになってお前を見返してやるんだ』 そうすればいくら塔矢アキラだって『進藤、君はなんて素敵な女の子なんだ』と麗しい王子様な笑みを向けてくれることだろう。 『囲碁でプロになって見返すのも良いですが、ほら、もっとヒカルにはこう……』 『るさいっ』 本当はあかりのように髪を伸ばしてリップ塗ってとすれば良いんだろうけど、まず塔矢を振り向かせるには囲碁しかないのだ。 それからでもきっと遅くない。 要は外見より中身。見た目より棋力なのだ、塔矢アキラを落とすには。 という訳で絶世の美女計画は少しお預けなのである。 「まぁ怒るなよ。そんな格好してるから判らなかったんだよ。そっかぁー。ヒカルちゃんかぁ。せめてもっと凹凸があればなぁ」 塔矢アキラの事を考えてさらに不機嫌な顔になったヒカルに、和谷が胸の辺りを凝視しつつ言葉を紡いだ。 「和谷のエッチ、すけべ、変態っ!!」 『べー』と言いながら舌を出したヒカルに和谷も『ベー』と舌を出す。 「間違えられるの嫌ならスカートはけばいいじゃんか」 そうすればいくらなんでも間違えられる事も無いだろう。 けれど……。 「女の恰好はしたくないのっ」 制服姿を塔矢アキラには『似合わない』と言われたも同然のヒカルにとって、スカート姿だろうがズボン姿だろうが一緒なのである。 「勿体ないなぁ。進藤は可愛い顔してるのに」 二人のやり取りを面白そうに見ながらホットコーヒー(ミルク・砂糖入り)を飲んでいた伊角が独特の柔らかい笑みを見せた。 思わずヒカルが見惚れてしまいそうな笑みである。 「本当? 伊角さん。俺、伊角さんの事好きになりそう!」 面と向かって可愛いなんて褒め慣れていないヒカルは、伊角の言葉が純粋に嬉しかった。 「おいおい、現金な奴だなぁ。まぁ男でも女でも進藤は進藤だ」 ヒカルが急ににこにこと笑みを見せ、ご機嫌になったので和谷もまた笑みを作ったのだった。 そんな会話がほんの一週間前。 あまりにも……、な恰好で出掛ける俺に母さんがキレた。 「お母さん、俺の服どこ?」 箪笥を開けても部屋着や下着はあるのだが、外出着が見当らなくて母さんにヘルプを出すと、母さんはにっこり微笑み、俺にいくつかの包みを差し出したのだ。 「はい、今日はこれ着ていってね」 と差し出された袋には、真新しい服が入っていた。 ウッズが着てたナイキのトレーナーおねだりしてたから? と呑気に包みを解いた俺の目の前には……。 「ス、ス、スカートーぉ?」 思わず声が裏がっえてしまった。 だって目の前には、身体にフィットするであろうニットにマイクロミニなスカート。そして母さんは流行でしょ? と言って厚底の靴を差し出したのだ。 こんな頭の悪そうな恰好嫌だ……。 そんな俺の無言の抗議に母さんは微塵たりとも動じはしなかった。 「ヒカルの服全部処分しちゃったから」 にーっこりと微笑まれて、漸く俺は退路が無い事を知った。そして渋々とそれらに着替えたのだった。 ペタンだけど、少しはある胸が目立つし、膝上何センチだよこのスカート。 おかげで対局に全然集中できなかったうえに、 「進藤、俺と付き合おう」 なんて言った和谷の視線が足にあった。 「どこ見てんだよ、和谷のえっち」 制服は似合わなかったかもしれないけれど、この格好だともしかして塔矢も振り向いてくれるのかもしれない。 そう考えてる俺の後ろで佐為が嬉しそうに小躍りしている。 『わーい、わーい、ヒカルがモテてるモテてる〜』 すっかり俗世間まみれになった佐為だったけれど、俺の事を真剣に考えてくれていて本当に幸せだと思う。 だって、佐為が居なかったら今の俺は無かったと思うから。 きっと今までの俺なら私服スカート姿なんか考えられなかったけれど佐為が励ましてくれたおかげで、ちょっとだけ自信がついた。 それに和谷の言葉で、俺も満更じゃないかなって思えたんだ。 だがしかし。 この後、若獅子戦で塔矢アキラに完全無視されたヒカルが、スカート姿で手合いに出てくる事は無くなり、スラリとしたヒカルの細い足を拝めなくなった某和谷君がいたく残念がっていた。 そしてその原因が塔矢アキラにある事を知って激怒したとかしないとか……。 |