LADY GO 2



 ヒカルは鏡を見ながら、『あー』だとか『うー』だとか、とてもじゃないが人語とは思えないうなり声を上げていた。
「なぁ、佐為ー。これどう思う?」
 今年13才を迎えるヒカルが鏡の前でクルリと回ってみせる。
 自然と葉瀬中の制服のスカートがふわりと広がってヒカルのカモシカのような足が顕になった。
「……奇妙と言えば奇妙、ですね」
 そんな様子を見ていた佐為はヒカルに問われ、そう答えた。
「えー、やっぱ変? 変? 女装みたい? だってスカートってガラじゃねーし、どうしよう? 俺学校行きたくねーよー」
 佐為の感想にヒカルは青ざめる。
 自分で見ても鏡の中にいるのは女装した進藤ヒカル。
 その似合わない事といったら己れでも憤死しそうなのだ。
 他人が見たらどう思うかと考えただけで寒気がする。
 特に塔矢が見たらどう思うだろうかと考えて、ヒカルは涙が出そうになった。
 あの塔矢アキラに『女の子だったのか?』と言われ逃げ出したはずなのに、結局捕まってしまって、そして一刀両断にしてしまったというのに。葉瀬中の三将として会ったときは、見目好い笑みを向けてくれた。
 その時には『進藤くん』なんて呼ばれたような気がするが、自分が女の子である事は知ってくれているはずだとヒカルは納得していた。
 こんな女装姿見せるつもりはないけれど、佐為の客観的な意見はヒカルを落ち込ませるのに十分だったのだ。
「……つくづくこの時代の服は物珍しい……」
 自分の服と見比べながらの佐為の感想にヒカルの表情がパッと明るくなる。
「えっ? 似合わないってことじゃないの?」
「似合うか似合わないかと言われれば私には解りかねますが、ヒカルには……、そ
う、もう少し明るい色の方が似合いますよ」
 制服に明るい色もなにもない。
 佐為の言葉にがっくりと肩を落とす。
「……貴重な意見サンキュー」
 はあぁとヒカルはため息を付くと明日の入学式を考えると気が重くなるのだった。



 そんなヒカルの杞憂を余所に、今年の新入生では「藤崎あかり」と「進藤ヒカル」が二大トップと、上級生達にも名が知られる事となったのは入学式から約一週間後の事であった。
「初めは男の子かと思ったけれど、こうして制服姿を見ているとちゃんと女の子に見えるもんだね」
 三年生の筒井の言葉にヒカルが頬を膨らませる。
「ひどいよ筒井さんっ」
「ごめんごめん。訂正。黙っていればの間違いだった」
「ひっでーーーっ! これでも、二年生の先輩に付き合ってくれって言われたんだ
ぞっ」
「へぇ、もの好きな人もいるのね」
「なんだよ、あかりまでっ!」
「で? 結局付き合う事にしたの?」
「……断ったよ」
 だって体育会系だったんだもん。ヒカルは心の中で呟く。
 あくまでも理想は『塔矢アキラ』なのだ。王子さまっていうのはあんなんだよなぁと、窓の外のサクラを見ていると、アキラの幻覚まで見えてくるではないか。
「まさか? 本物?」
 アキラの海王中の制服姿を初めて見て、その凛々しさにヒカルの胸がキュンと音をたてる。
 どうしてここに? それにしても、格好良いよなぁ。と、半ばうわの空のヒカルにアキラはヒカルのハートを直撃するような台詞を口にした。

「キミを待ってる。それを言いにきたんだ」

「塔矢……」
 その一言にヒカルの心臓は爆発寸前で、おそらく、自分の耳までが赤くなっているだろうと思うとヒカルは恥ずかしくなる。
 異性にモてるなどという経験の無いヒカルは、デートの誘いに胸を高鳴らせた。
『うわっ、皆も見てるとこでコクられちゃったって事? 佐為、佐為! どうしよ、俺』
『ほら、ごらんなさい。私が常日頃ヒカルは可愛いと言ってるでしょ? やっと塔矢も気が付いたんですよ』
 佐為の言葉に後押しされて、ヒカルは承諾の言葉を口にしようとしたのだが、それよりも先にアキラが口を開いた。

「この間は確信が持てなかったけどやっぱり女の子だったんだね。……けど、学ランの方が君らしくて似合っていたよ」

 その一言のせいで、一瞬にして空気が凍りつく。
 アキラにとって、それは誉め言葉だったかもしれない。
 しかし中学生の女の子にとってそれがどれほど侮辱か想像に容易いだろう。
 それにヒカルにとっては意中の異性の言葉なのだ。

「お前とは二度と打たないっ」

 そう言ってヒカルが理科室の分厚いカーテンを閉めたとしても誰が文句を言えようか。

 二人の紆余曲折はまだまだ続くのであった。





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